ツナが男性恐怖症になった経緯を、千種は少しだけ聞いている。
彼女の家の事情もやっぱり特殊で、両親は居ない。後見人らしい男が一人。
それがツナの「あしながおじさん」らしいのだが、言わせると、足は長いがあんなに親切で素敵なおじさんではなく、もっと殺伐とした恐ろしい人物らしい。
「会う度にお前はちっとも成長せんなーって言いながら胸を揉むんだよ!」
キィっとなりながら言う。
だからそれが男嫌いの原因かと思えば、そうではない。
「あいつはなんか、平気なんだ。そうじゃなくて」
あしながおじさんの友達か知り合いか腐れ縁か。異様に男所帯の場所へ連れて行かれる時があるという。
「変な人ばっかりで…」
ツナの元の身元が関係しているらしいのだが、話によればそこで同年代ぐらいの男とか、それより少し上の男やらがやたらぺこぺこして、荷物を持たれたり手にキスされたりと気持ち悪い事この上ないとか。
「ちょっと目を離すと、いつの間にか喧嘩になってんだ」
その喧嘩では爆発物が出たり、鞭が唸ったり、抜き身の日本刀が出たりするそうだ。

そんな体験が彼女に「男ってこわい!」「凶暴!」という認識を植え付け、平和を愛する地味な心を苛むらしい。
それに加え、電車に乗れば痴漢にあい、街へ出れば絡まれ、とプラスのイメージを持つ暇も切っ掛けもないぐらいツナはトラブルに縁があった。
「腹減ったなー」
今もこうして、この制服で2人で歩いていると痛いほどの視線を感じる。
元の仕事が仕事の千種は思わず警戒態勢に入ってしまう。けれども、別にそれは殺気などではないので、むやみやたらに攻撃をしかけるわけにはいかないのだった。(時々本気でやっちまいたい時もある)
「食べて、帰る」
「そうだなぁ」
沢田です、よろしくをされた時にはめんどくさいと思ったものだったが、人付き合いの苦手な千種にしてこんなに早くうち解けられたのは、ひとえにツナのその危なっかしい所が、放っておけなかったからだろう。





「あーつかれたー………だるー」
部屋に帰るなり靴をあっちとこっちに放り出して、ツナはベッドに倒れ込んだ。
小さい足がふらふらと宙を彷徨う光景に千種は眼鏡を押し上げる仕草をし、目をそらす。どうせまたその格好のまま服を脱いでしまうつもりだ。部屋着に着替え、早速買ってきたマンガの包装を破き始めるに違いない。
勿論、体的には何も困ったことにはならない。そもそもの機能がない。
だからといって、じっと見ていられる程千種は図太くも、図々しくもなく、どちらかという奥手だった。それにこんなに信用を得ている相手を本能とはいえそんな目で見るのは、失礼のような気がした。

そんな同居人の逡巡もおかまいなし気付くことなく、ツナは予想通りの行動パターンでくつろぎタイムを満喫しはじめた。
買ってきた品物をその辺に放ったまま、マンガを読み出してしまったのだ。
千種は仕方なく自分も上がり、上着を脱ぎながらそれらを片付けることにする。2人で共同で使っている棚やもの入れに次々入れていく。
その手が、袋の一つでぴたりと止まった。
「これは………自分で入れて」
「は?」
紙袋に入っていた生理用品と下着は、流石に。
若干赤くなる頬を俯いて隠しながら千種はツナの頭にそれを落とした。
「イテッ………ぁ、悪い」
「………ん」
ツナはそそくさと立ち上がり、共同の棚にそれを入れた。
おいおい勘弁してくれと思う間もなく、くるりと振り返って困惑顔だ。
「保健の先生に言われて買いに行ったんだ。結構女って面倒だよなー」
どう答えろと。
「まだ、なんだけど。準備はしておけって」
「…ああ」
「あとコレなんか、どーすんのって感じだよな!…ムネ無いのに」
べらん、と下着を取り出す。
本当に勘弁してくれ。
ツナは自分の幼児体型が残念のようで、しきりに自虐的な言葉を繰り返すのだが千種にはそれすら大変だった。
「かわいいと、思うけど」
うっかり本音が出てしまうほどに。
「そりゃさ、千種はあるからいいけどさー」

よくねええええええ!!!

千種が熱血キャラならここで寮中に響き渡る叫びがでてくる筈。
なにしろ初めてそれを見たとき、千種は貧血を起こして倒れた。掴んでみると、むにゃりとして、更に具合が悪くなった。
今でも見るとオエっとなる。

「………邪魔」
それにつけてみると、案外疲れるものだと知った。

 


 

「柿本さんさぁ………」
「従兄弟だって」
ツナはにっこり笑いながら答える事が出来た。





街に出たその日、大変ショッキングな光景を見た。
千種が誰か見知らぬ男と一緒に喫茶店に居たのだ。しかも本当に駅前。
話通り黒曜中の制服を着たそいつは、千種に親しげに話しかけ、千種はいつもの仏頂面だった。
千種の前には水、男の前にはパフェ。
どういう関係なのか判断がつかなく、ショックでがーんがーんがーん………となっている頭のまま突っ立っていたら、千種の方が気付いてくれた。
従兄弟だって。
ツナは心底ほっとしたのだった。

がーんとなる方がおかしいのかなあ。
ツナは千種が好きだ。千種も、時々自分でやりなさいと叱る事はあっても、概ね仲良くしてくれるので、本当に本当の友達と思える。
けれど、千種を殆ど知らないという事実に気付いて以来、どこか距離を感じていた。
それが案外あっさり従兄弟だとか、ちょっと事情があって学校に来る前は一緒だったとか、あいつは危ないから近づかない方がいいと矢継ぎ早に言われて。
「言っちゃっていいのかよ?」
「………え」
単に興味がないとか、そういう類の理由で言わなかったんだと知ってから、なんだ考えすぎだー、とほっとしたのだった。

そして、ツナは案外義理堅い性格だった。
千種が秘密を教えてくれたのだから、自分も何か………と思った。
放課後、図書室に通い詰めている千種を追って言って、何やら小難しいのを読んでいる側に座り、人がいなくなるのを待って切り出した。
「あのさ」
「…なに」
「なまえ、おしえたげる」
なんのことか分からない千種が眼鏡を押し上げながら顔も上げた。
「ツナって名前、ヘンじゃん。明らかに」
「そうか?」
「うん………」
例の後見人には「恥を掻きたくなければ黙ってろ」と言われていたが、構わないだろう。
どうせ一人だけだし、千種は他人にぺらぺら喋るような人間ではない。
ツナはノートを破って切れ端に、きっちゃないひらがなで書いた。
「………つなよし」
「男みたいな名前だろ?だからツナで良いんだって、言われた」
「つなよし」
「うん」
「つな」
「やっぱそっちのほーがしっくりくるよね」
「…ん」


 

「まだですか、千種」
「………はあ」
「まだなのぉー?ちーくさちゃんっ」
「………るさい」
今日も今日とて、千種は定期報告に来ていた。
「そんな難しい仕事じゃないじゃんっ。骸さん、おれ、おれならもっとうまくやるよー?」
「犬はサカるから駄目です」
千種は珍しく積極的に意見を言った。
「どーゆー意味よっ」
「まわり全部女なんだぞ」
「天国だねっ!」
「………ほら」
骸はにこにこしていたが、犬をやる気はないようだ。良かった。
千種はツナの同室に犬がなった所を想像し、恐ろしさと怒りでものすごい顔になっていたが、それも元に戻った。
「困りましたねえ」
物憂げに視線をやる、骸は前回の失敗で懲りたのかコーヒーを頼んでいる。
代わりにチョコレートスペシャルを頼んだ犬は、もうすっかりたいらげて千種のぜんざいを狙っていた。
千種は黙ってそちらに碗を押した。元々、骸に「たまには女の子らしいもの頼んでください」と無茶を言われて出されたものだ。
「いたらきまーす」

「ボンゴレの結束は思いの外固く、幹部も知らない者が多いようです。捕まえて締め上げたい所ですが、生憎僕たちは手配中の身」
「うっまー!あんこだいすきー!」
手配中の割にうるさいな、と千種は犬を冷たく見た。
「情報に間違いがあったのでしょうか………」
「俺も、そう思います。そもそも女子校に男が入学できる筈がない」
「しかし確かにそう吐いたんですよ?指を3本ワイヤーで切られながら男が言う言葉に嘘があるなんて」
「骸様、人目が」
「おおそうでした」
ニコッ。
笑顔を振りまけば全て許されると思っているのだろうか………
いや実際、六道の笑顔に女は弱い。女は。ウェイトレスが盆を落とすカラーンという音が響き渡った。
「いやはや。思いの外苦戦しますね」
「しますねー」
「…すみません」
「千種のせいではないですよ。無理をさせていることですし、思うように事が運ばないときもあるでしょう………」
珍しく慰めるような事をいう主に驚いていると、彼は勘定書を手に立ち上がった。
「ではこれで。ああそうだ、ターゲットの名前が判明しましたので一応、参考に」





メモ書きを渡されて千種は読み上げた。
「………こうきち」

そこには「綱吉」と書いてあった。