「ごめんもう限界!」
幸せは別で見つけてとばかり、ツナは逃げた。そのまま走り寄る千種の胸に飛び込み、涙と鼻水ででろでろになった顔を上げて訴えた。
「帰ろう!」
「あ、ああ」
必死の訴えに千種は反射的に頷き、ハンカチやティッシュを出して顔を拭い、ツナの手を固く握った。が、丁度タイミング悪くアトラクションの宣伝をしている着ぐるみに掴まってしまった。
「お嬢さんお嬢さん」
「ホンゲー!!!」
ツナが恐怖の叫びを上げる。
着ぐるみは内容に合わせてホラー仕様、遊園地のマスコットキャラクターの頭に斧が突き刺さって、血がだらだら流れているという子供の教育に悪そうなものだ。
「ここ、ここイチオシ!入ってって!」
言うなり、無理矢理中に押し込めて乗せてしまう。歩くのでなく、自動的にまわるタイプのアトラクションのようだ。
ガタンと大きく揺れながら進む
「千種ああああ!」
「………そんなにこわいなら、目を瞑っていろ」
そうすれば音と光だけで、ちょっと我慢すればすぐ出られる。何も問題はない。
千種的にはそうだったが、恐がりのツナには違った。
「余計怖いんだよ!」
「どうすれば………」

「フンギャアアアア!!」
どうにも、子供だましにしか見えない館内。
真っ暗闇に突如浮かび上がるセロファン製お化けのシルエット。シンプル過ぎてかわいらしいし、小学生の夏休みの工作のようだ。
「ひぎいいいい!」
仕掛けの一部の吸血鬼マネキンが、宙づりになって頭の上を掠める。
宙づりの角度が危うすぎてまるで夫婦喧嘩中女房に放り出された旦那のようにもんどり打って着地した。可哀想だ。
「ほええええ!!!」
カタカタ歯を鳴らすスケルトン。十数年の埃が積もり、最早白くない。灰色だ。
近づいて来たとき千種はくしゃみをした。どうもこの頃アレルギーのケがある。

「うぐえええ」
それでもツナには十分怖かったらしい。
彼女は何を思ったのか突如千種の服の中に顔を突っ込み、もがもがしながら震えていた。仕方なく正面から体を抱いて服の上から耳も塞いでやって、聞こえないようにする。
「もうすぐ、終わる」

うっうっう………
嗚咽を漏らしながら人の服に顔を突っ込んで出てきた客を、係員は目を丸くして迎えた。
安全ベルトを解除し、いつもなら陽気に「おかえりはあちら」という声が、棒読みになってしまっている。
「歩きにくい…」
「ご、ごめん」
服の中でツナが顔を上げたのだろう。ぐっと締まって千種はグエッとなった。
「苦しい」
「ちょっと待ってっ」
もごもご藻掻く度にくすぐったく、千種は身を捩る。すると、ツナがぴたりと動きを止めて呟いた。
「千種………胸あるなあ」
「…!!」
がばっと大きく服の下を開けてツナを出す。もう周りに見られるなどお構いなし、それに見えたとしても一瞬だ気にしない………!
顔を赤くして肩で息をする千種に、ツナは慌てたように言った。
「ゴメ、嫌なんだっけ」
「当たり前だ…!」
「ごめん!忘れて…」
ツナは千種が男だということを知っている筈なのに、女である彼と過ごした時間が長すぎていまいち認識がない。
「やーらかくて気持ち良かったんで、つい」
謝りながらもハハハと笑って照れたように言うので、千種の顔は能面のように強張った。
「千種?」

これは………つまり。
千種の思考は暴走を始めた。ただの雑談と流せば良かったものを。
後ろからガタゴト音をさせて犬と一緒に出てきた六道が(きっちり乗ったらしい)近づいてきても、気付いていない。
「柿ピー?おーい」
「千種、どうかしたんですか」

ツナは女の子だが、男は駄目で、女の自分が男の自分より良いと思っているのは確かで、胸は大きくてやわらかくて気持ちいいのが良いのだろうか………延々、頭の中を勝手な憶測が回る。そうか、そうだったのか、など千種は間違った結論に達しようとしていた。





一人妄想に悩む千種、その脇でしきりに大丈夫かよ!とピイピイ喚くツナと犬、その少し前を良からぬ事をたくらむ顔をして先導する六道。
「しかし………いやそういう、事、なら別に俺は…」
赤くなったり青くなったり忙しい顔色。
不気味な独り言。
駄目だこりゃと犬と顔を見合わせ、首を振ったり肩を竦めたりしていたツナは不意に立ち止まった六道の背中に鼻をぶつけた。
「すみません!」
ズササッと忍者もびっくりな俊敏さで飛び退いたツナは、にっこりと笑って振り返る彼に引きつった笑いを返す。
「ど、うも………」
「クフフ」
ちょっと余り聞かない笑い声(彼はこれが癖のようで、しょっちゅうハハハの頭にクがくっついている。余計怖い)で、でも笑顔は爽やかに、六道は上を指さした。
「やはり遊園地の最後は観覧車ですよね」
「………」
「ですよね?」
「はいそーですねっ!」
ツナは殆ど脅されたまま勢いよく返事をし、千種の手を引っ張って勢いよくゲートを突っ切った。
パスを首から提げているので、係員も「いってらっしゃいませ〜」とのんきな挨拶一つで送り出してくれる。
「いってらっしゃいませえ〜………ぼへぶっ?!」
その口まねをしながら後に続こうとした犬が吹っ飛ばされた。
ついでに、自分の世界に入ったきり戻ってこなく、ぶつぶつつぶやいている千種も後ろへぐいと引かれ、後ろに下がる。
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げて振り返ったツナの視界は遮られ、千種も犬も見えなかった。中へ押し込まれてバタンと戸が閉まり、外側から金属の錠がかけられる。
ガッシャンという鉄の音、ジャラリという鎖の擦れる音に六道は目を閉じて自らの、卑劣な作戦の成功を祝った。キャラがキャラなら渾身の力を込めてガッツポーズをしているところ。
「え?え?なに??」
まだ分かっていないのか、パニックを起こしているのか、知っていての逃避なのか。
きょろきょろと周囲を見回すツナを見下ろし、六道は立ったまま静かに言った。
「やっと2人きりになれましたね」
「………!」
ばっとガラスに張り付くツナ。下では犬が大口を開けて白い息を吐きながら笑顔で手を振っているし、千種は転んだまま呆然と見つめている。
「千種ぁ―――!!」
「クフフ、無駄ですよ」
「犬さ―――ん!!」
「往生際が悪いですね」
ガツガツとガラスを叩きながら訴えるが、声は届かない。また、届いても物理的にどうしようもない。

日常に密室は呆れるほど多く転がっている―――

ガタガタと震えながらツナは精一杯隅に身を寄せ、恐怖の眼差しで六道を見た。
「あ、あんた………!一体何の恨みがあって」
「恨み?まさか」
六道はすとんと腰を下ろし、足を組み、膝の上で更に手を組んだ。
「寧ろ好意ですよ。僕は君がどうしても気になるんです」
「気にしないでください」
「一体何者なのか………知りたいと思ってるんですよ」
「ほんの善良な一般市民で」
「そうですかね?」

ツナが一回瞬きをする間に、六道は素早く位置を変え正面の近距離に迫っていた。勢いよく胸ぐらを掴まれて鼻と鼻が触れ合いそうだ。
「やめて!」
「沢田ツナ。ツナさん………随分、可愛らしい名前だ」
「はっ……な、なまえ?」
「ツナさん。貴女の―――本名を教えては貰えませんか?」

ごくん。
喉を鳴らしてつばをのみこむ。六道の口調はお願いしているようで、その実脅している。掴む手の力は強く、身動きが出来ない。
「ああっ!」
どんと強く座席に押しつけられてツナは呻く。
「名前ですよな、ま、え。調べてみましたが、貴女の籍はおかしな扱いになっている。何か、秘密があるんでしょ?言ってくれませんか」


言ってくれませんか。
俺は、俺には。

(………なに?)

不意に聞こえてきた声は、空耳だったのだろうか。
驚いて顔を上げる。無論ここに居るのは六道だけだ。さっき彼自身が言っている、2人きりだと。

10代目。

(誰………だっけ)

近い場所にある他人の目。穏やかに見えながらその実炎を燃やしている、光る、恐ろしい一対のそれ―――
確かに目の前にあるのはそれなのに、違うものが重なって見えた。辛そうな、男の顔だ。眉根を寄せて、苦しげに息を吐き、俯いて囁くような声で吐き捨てる。

俺では力不足ですか。

「ちょっと待って」
妙に頭が冷えている。思わぬ冷静さに六道が目を見張ったが、力は緩まない。
「ツナさん?」
「黙って」
その口に指をあてる。驚いたように身を引いた。
(ああ今すぐそこに………)
つかみかけていたのに、光景は頭の中にあるのに、そのしっぽはするりと手を抜けてしまった。悔しさに唇を噛む、なんで、なんで。俺はいつもこうだ、肝心なところで役に立たない。毎回地べたに這い蹲るような失態を、きっと。皆失望している。

(皆?皆って………誰だ)


わななく唇を落ち着かせるため、舌で舐める。間近で微かに空気が動いた。
「んぐぅっ…?!」
目の前に六道の双眸がある。怪しげに光りを放つそれがすっと細められ、伏せられる。
(睫毛なげー……女の子みたい)
一瞬馬鹿みたいに感心してしまう。しかし、本当に一瞬だ。すぐ自分の状況に心当たり、ツナは真っ青になった。
(こ、こ、こ、こい、つ!)
柔らかい感触が唇を塞ぎ、ちょっと間を置いてぬるりとした感触が這った。角度を変えてまた押しつけられようとしている、頭にカッと血が上る。
「んんんー!!」
嫌だ嫌だ嫌だ!
精一杯身を捩り、手を突っ張って抵抗するが六道の腕はびくともしない。肩から腕を押さえつけ、膝で足を座席に固定して、動けなかった。

スタンガンはポケットの中だ。取り出そうにも腕は不自由。
催涙スプレーも同じく。
声は出せない口にものが入ってるから………!

ちっくしょー!!
怒りで目の前が赤くなる。なんとしてもこいつを、自分から退けなければ。
カッカと燃え上がる思考の片隅で、さっきとは別の妙に冷静な声がした。


テメエのケツも拭けねえヒヨッコが、俺の決定に逆らうのか?バカだな。冷静になれ。頭を使え。
使えるものはなんでも………
ダメツナが………


ツナはぐっと力を込めて顎を引いた。勢いをつけ、そのまま押し出す。
「っおりゃ―――!!」
がつうーんと視界に火花が散った。相当な威力で決まった頭突き………しかし、それはやった方も同じくダメージを受けるという、諸刃の剣。
「いでえええええ!?!」
ツナは額を抑えて座席に転がり、ひいひい呻いた。が、それはつまりあの鋼のような拘束が解け、自由になったことを意味している。
「くっ……」
同じく額を抑えて向かいの席に倒れ込んだ六道は、流石にもう襲っては来なかった。
丁度、ようやく一周を終えた観覧車からツナは素早く飛び出し、下で固唾をのんで見守っていた千種の前に降り立つと、手を掴んで一気に出口へ向かって走り出す。
「な、どう」
「いいからはやくー!」





「むくろさん、だいじょーぶ?」
「いたた…」
額を抑えてゆっくりと下りてきた六道を、犬が覗き込む。
「…何やったの?」
「いやあ。てっきりお誘いかと」
「あー襲っちゃったワケね」
超特急で去っていく後ろ姿二つを、犬はぴょんぴょん飛び跳ねながら見送る。
「ツナちゃん全力疾走してる………剥いちゃったんすかあー?胸ぐらい揉んだ?」
「生憎其処までは。キスしただけです」
「うわっごくあくひどー」
「おかげで少し、分かりましたがね………それにしても痛い。あ」
赤くなってる。
額を冷たい手の甲と指で冷やしながら、六道はクスリと笑った。

「………さて。少々、忙しくなりますよ」

 


 

千種の様子もおかしかったが、それにも増してツナがおかしかった。
寮に戻り、できたたんこぶを涙ぐみながらひやす間も、まったく心ここにあらず、という風情なのだ。
千種は積極的に何があったか訊くタイプではなく、どちらかといえば相手が言うまで黙っているので、自然と部屋は静かになる。
「はぁ…」
溜息ばかり響く。
ツナはうつろな目をしてげっそりと、膝を抱えてベッドの上。
ホラーハウス以来鼻がグズグズしている千種は思いきり鼻をかんだ。
「千種…」
「うん」
ようやく口をきいてくれたツナに、慎重に返事をする。
「千種の従兄弟………どっかおかしいな………」
「そうだな」
千種は即全肯定してしまった。
言ってから少し考えた。うん、確かにおかしい。色々おかしい。
一番おかしい極めつけはアタマだ。
「何を、された?」
まわりくどいことはせず、直球で訊いてみることにする。
ツナはびくんと肩を震わせ、恐る恐る千種を見た。目にはありありと嫌そうな感情が浮かんでいる。
「なんだか訳の分からないことを言っていた」
「それは割と、いつもだ」
「俺の本名がどうとか。籍がどうのとか」
「………!」

繰り返すようだが千種も異常状態のままである。
本名、籍、ときて彼が連想したのは仕事ではなく―――

「まさか………早すぎる!」
「え?」
(骸様、幾ら何でもそれは性急すぎますプロポーズなど…!)
「おい千種?」
(まだこいつは中学生でしょう…)
それを言うなら六道もまた中学生なのだが、どうも人離れした感性の持ち主なので年がどうという気にならない。
千種はまずいものを無理矢理飲み込めと言われたときの類人猿の顔になった。

「それから………」
「まだあるのか?!」
「口に………そのぅ」
口元を両手で押さえ、ツナは更に顔色が悪くなった。今にも吐きそうだ。

「早すぎる!!!」
「だからなんだよ!」
千種は再度叫んだ。彼のアタマの中はツナの口を使った骸様云々、と大変卑猥な事態になっていた。
(一周してくる間に其処まで………なんたる手の早さ!早っ!)
「そ………それはショックだったろう」
「中に入れられるのだけはなんとか、そ、阻止、したんだけど」
「………!」
「唇とか、こうぬるんと」
「………!!」
「感触が………」
オエエ、と顔を俯けたツナの肩をがっしと掴み、千種は息を吸い込んだ。
「………ツナ」
「あれっ?!」

ぴと。
唇同士が正面でくっつく。ツナは驚いて目を閉じてしまったが、千種も慣れないので思いっきりぎゅうと閉じ、ただくっつけるだけ、頑張って触れ合わせる。

「なぁにすんだよっ!」
「消毒に………」
「だだだからってなあ!あ、あ―――あいつと同じ事するなってェ!」
「同じ事?」
あっなーんだ………キスか良かったそっちかああ良かった………
「………って良くない」
千種は怒って良いのか部下として朝の便所と共に流すべきなのか分からなくなり混乱し、真っ赤な顔をして怒鳴るツナの言い分など殆ど聞いていない。
もがもがしているのを後ろからだっこして、ツナの身が汚されていないことを喜んでいた。





ツナといえば。
六道にされ、千種にされ、もう何がなんだか分からない中で自分の事も分からなかった。
あの時観覧車で感じた既視感。覚えのない男と思ったが、よくよく考えてみると―――
(いつもリボーンに引き合わされる、あの異様な集団の一人だ)
リボーンというのは、後見人を務める正体不明の男。
いったいどういう位置にいるのやら、関係なのか、さっぱり分からない謎の人物。
(それに………それだけじゃなく………)
グレイの髪をした乱暴な男の必死な口調、その唇の動きまでも見える距離。
(感触)
柔らかく押しつけられたそれは、あの変態が襲ってきた時とは別のものに思えた。
(あーもー分かんないよぐちゃぐちゃー!!)
そいつじゃないような気もする。目に入りそうなくらい細くてキラキラした金髪が、口の脇ぎりぎり頬と言える場所に、そして唇を押しつけられている記憶。細くて筋肉質のすらりとした腕が体に絡まり、耳元で声がする。ツナ。寂しい。

寂しいって?

イヤイヤイヤ!
それよりその集団で寄ってたかっての妄想は何だ、おかしくなったのかアタマ。千種の従兄弟とおんなじか!
いやだ!(※ツナはお子様なので、欲求不満かしらあふんとかは思わなかった)

「確かめる………必要あるかも」
「………え」
ツナは立ち上がった。決意溢れるその目は千種を見ていない。
「行って来る………どうせあいつがなんか知ってる筈だ!」

 


 

どこへいくのかと思ったら、ツナの走っていった先は寮内に1つだけある公衆電話だった。今時ピンク電話。その一帯だけレトロな雰囲気を醸し出している。
「電話…?」
「だって何処にいるか知らないんだ」
ジャーコジャーコと懐かしい音がする。「これであってんだよな?」不安そうに振り向いてくる顔。
「ああ」
「待って待って………お、繋がった」
一人用のスペース。千種は一歩引いて視線を逸らす。最低限のマナーだ。
しかし耳をそばだてる事は忘れない。

実を言うとツナは、後見人たる男の顔をよく覚えていない。
不思議なことに何度も会っている割には記憶が薄く、あやふやだ。その代わり声だけは覚えていた。
「もしもし?」
直通と言われていた番号にかけて受話器が取られる、もしくは通話ボタンを押した音がする。勢い込んでもしもし言うと、少し間を置いて聞こえてきたのは。
「ツナ?何かあったか?」
「………あれ?」
どちら様?
ツナの顔がびっくり!になる。聞こえてきたのは子供の、発音こそしっかりしているものの赤ん坊のような声だった。
「あ、あのう、リボーン…さん、います?」
「………」
受話器の向こうは沈黙。
そろそろ尻の辺りがもぞもぞしてきた辺りやっと答えが返ってくる。
「…あいつは出てる。俺が用件承るぞ」
「大丈夫なのかボク?」
「とっとと話せ」
ジャキン、と金属の擦れあう音がした。なんだ。
物騒な映画でも見てんのかきょうびのガキはったく………
ツナはなんとも言えない気分になりながら、考え考えなるべく手短に用件を言うことにする。

「変な人と知り合いになっちゃって」
「変な人?」
「俺の本名だとか、籍だとかワケわかんない事言ってたぞ」
「………それで」
「ちょっ………とおかしいテンションの人でなー。ええと、そのう」
「なにかされたのか!」
赤ん坊の声が切迫した響きを帯びる。
なんとも、妙な体験だ。
「何かってお前ほら、うん」
「早く言え」
「駄目だボクにはまだ早すぎる…!!」
これが顔を赤らめて言うならば、まだ救いがある。
しかしツナは蒼白になって喚いたので、外にいた千種は飛び上がった。

「ボクでなければいいんだろう」
突如として低い声が割って入り、今度はツナが飛び上がった。
「リボーン?!帰ったのか?」
「説明するだけ無駄だ。言え」
「え………いやまあ、そのう」
言えないよ!!!
ツナは蒼白から真っ赤っ赤になった。年上の男相手にますます言い辛いではないか!

もぐもぐしていると、リボーンはあきらめたようだった。
「分かった。そっちへ行く。用意しておけ」
「はい?」
「周囲には………誰もいないな?」
「千種がいるよ」
「誰だそいつ」
「ルームメイト」
「ふん………ルームメイト………」
受話器の向こうで千種、千種、と繰り返される名前。様子がおかしい。
ツナが千種を見ると、彼女―――彼?もまた、ポケットから携帯を出して耳に当てて、そうしながら心配そうにしている。大丈夫の意味を込めて手を振ると、微かに振り返してくれた。

「………ツナ」
「うん?」
「そこを動くな。部屋には戻るな。靴は履いているか?」
「寮内だよ?スリッパだって」
「裸足でなければなんでもいい。あと3分でそっちに着く」
「へ?」
移動しているような音。しかし、息づかいも言葉も一定なのでツナは気付かなかった。
リボーンはどうやら動きながら電話しているようだ。
「くれぐれも慎重に―――隠れてろ」
「なんなんだよもう!」
「しっ!静かに。騒ぐな、危険なんだ」
「危険って」

ふっと空気が動く気配がした。
「つまりこういう事じゃないですかね?僕が」
「あ―――」

受話器が取り上げられ、視線で追いかける。
ツナがめいっぱい仰け反って見上げた天井には、見知った顔が、今一番会いたくないかも、な人物が笑顔で立っていた。

「危険。と彼は言いたかった」