「千種の従兄弟さん!どうしてここに?!」
「この学校、セキュリティが売りの割に―――」
ドサリと廊下に投げ出された紺の制服。よく見かける、学校と寮内の警備員さんだ。
「警備が話にならないほど薄い」
「何やってんですか!だ、だ、男子禁制ですよココ!」
どうでもいいことを喋ってしまう口。ツナは多分、それどころではないのだろうなと思いながらも言わずにはいられない。
「出てってー!」
「用事が済んだら直ぐに」
「ようじ…?」
六道の目が細めれる。一見、優しそうな微笑。
けれども有無を言わせぬ威圧的な空気があって、ツナの体はガタガタ震え出す。
「ち、くさ」
「………すまない」
携帯を握ったまま、俯いている千種。
状況を理解する前に、したくないという感情が先に立つ。
「俺はその人に従っている。大丈夫だ、傷つけるつもりはない。一緒に来い」
「いやだ!」

千種はぴしゃりとやられたような顔をする。
ツナはその顔をみて罪悪感を抱く。隙を見逃さない六道は突っ立っているツナの手を掴もうと、静かに一歩踏み出した。
「ひっ」
背後に立たれた気配に息をのむ。
ぎゅっと目をつむる。
どんな目に遭うのか分からないが、確実にろくなことにはならない。だって、相手からは敵意すら漂っている。
初めて会ったときはこんなじゃなかった。

「千種の従兄弟さん」
「六道骸。骸と呼んでください」
「むくろ…さん。あなた、なにものなんですか………?」
「それは僕が貴女に訊きたい事でもありますね―――」
「行きたく、ないです」
「仕方ありません。無理にでも来て頂くしかない」

目を開く。息をする。扉まで距離があるけども、きっと、多分、なんとか。
一呼吸置いてダッシュ。寸前で掠めた手がまだ、また、追ってくる。長いリーチ、素早い動き、背中の直ぐそばまで。見ていないのに分かるこれは(追われるものの)動物的本能なのかもしれない。
バタンと大きな音を立てて玄関のドアが開いて、正面から腕を広げた大きな影が立ちはだかった。
犬さんまで!

「ツナちゃぁぁーん!いっしょにかーえりーましょーっ………キャンッ!」

派手な悲鳴と共にその頭が玄関のタイルに激突する。それと同時、正面から腕をひっぱられてツナは宙に足をぶらりとさせた。
「一緒だが、お前じゃない」
「リボーン!」
片手に黒光りする巨大なハンマーを握った黒衣の男がこれほどまでに輝かしく、ヒーローめいて見えたことが未だかつてあっただろうか?!
泣き出したくなるほどほっとしながらツナはその腕をぎゅっと掴み、振り返った。

嫌な笑いを浮かべている六道骸と、
地面にべちゃっとなったまま動けない犬と、
どこか痛むような顔をした千種がいた。

「千種」
「バカが」
反射で戻ろうとした体をぐいと引き戻される。目にとまらぬ早さで手を翻したリボーンは、ハンマーの代わりに黒光りする銃を持っていた。
その銃口はまっすぐ六道に向いている。
「悪ィがこいつを渡す訳にはいかねえ。今は、大人しく帰れ」
「ほう。君があの有名な………」
知り合いなのだろうか?
「しかし妙ですね。資料によれば君はまだ赤ん坊…」
「部下を女にして女子校に突っ込む野郎の言葉とは思えんな」
「あぁ…!なるほど、それでは彼女も」
見られている。
底冷えするような眼差し、今は色が違う。
片方が真っ赤だ。まるでゲームに出てくるラスボスみたいにタチの悪そうな。
視線を行ったり来たりさせていると、門から玄関までの道に次々車が突っ込んでくる。
先頭は赤いフェラーリで、それが猛スピードでスピンを決め、ツナの真ん前に横付けした。ドアが開く。
「フギャッ」
突っ込まれる。(足蹴にされた!)油断無く銃で狙いをつけながら素早く車に滑り込んだリボーンが合図を出すか出さない間に、フェラーリは急発進した。キキキィというタイヤの音が耳をつんざく。
負けないよう、ツナは耳に指を突っ込んで叫んだ。
「もー一体何がどーなってんだよー!!!!」





「逃げられちゃいましたね」
「………行きましょう」
騒ぎを聞きつけて人が集まってくるのも時間の問題だ。千種はきびすをかえし、自ら進んで寮を出る。
「さてさて、犬を拾って帰らないと。千種、部屋の荷物はどうしますか?」
「捨てます。もう必要ありませんから」

 


 

車内を沈黙が支配する。
「辛気くせエ」
がすっと背中を蹴られてツナは前へつんのめった。
「そんなの、俺のせいじゃ………俺のせいか?うん?」
窓ガラスにまだこぶの残る額を押しつけていたせいで、痛い。
患部をナデナデしながら振り返ると、其処には小さな赤ん坊がちょーんと座っていた。
「どなた様ですか!!!」

いや、しかし。
その帽子、その服装、その気配。
「リボーン…?」
帽子を指でチョイと上げ、ふっとニヒルな笑みを(赤ん坊の癖に!)浮かべるその仕草も全て、あの男の―――

「………あれ」
無意識に、握ったり開いたりしている手をじっと見る。俺は、そう、俺だって!
「暗示が解けてきたようだな………仕上げだ」
「何すんだよ!」
腕をまくられる。手首からちょっと上、人に見えない位置に巻いているリストバンド、これは寮に入る時も着けていたもの。まだ一度も外したことはない。風呂もこのまま洗う素材で、これは確か………リボーンから、絶対に外すなまあ外れねえだろうがなと念を押されていた。
俺が引っ張ってもどうやっても外れなかったそれは赤ん坊リボーンの小さな手に触れるとカチッと小さな音を立てて開いた。
中の四角に収められていたのは半透明の小さなシート。
「何これ」
「皮膚から吸収するタイプだ。長時間持続する上安定度も高い。お前は少量で効く便利な体質だからこの方法で」
「薬……」
六道の声が頭によみがえる。なるほど、それでは彼女も。そう彼は言っていたのではなかったか?
「じゃ、まさか」
「………」
パチンと音がして再びそれは閉じられた。シートは半透明のものから薄い青に変えられている、気のせいだろうか。触れた部分がチリチリと熱い。
「はっ………はーっ、はーっ」
息が苦しい。
体が熱い。
滲んだ視界で顔を上げれば、小さな手がシートをケースにしまい込んだ所だった。
「目が覚めれば何もかも元通りだ」





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