ドリームメイカー
なんだってこんな事になっているのか、ツナにはさっぱりわからなかった。俺は少し前初めてこの街に来たばっかりなんだぞ? 急展開にも程があるだろ。
さっきまで住むところも知らないまま薄暗い事務所の中待たされていた。
やっと人が来たと思ったら、いきなりこれだもんな。状況についていけないぜ。何がどう展開したら俺、こんなヒラヒラ衣装で女装とかしてんの? こいつ変態か?
「似合ってるじゃねえかははは」
「何がはははだよ!」
そうだ、こいつ、俺を引き取ると言った人。俺は知らない人だった。今まで会った事のある親戚じゃないし、父さん母さんの友達でもない。真っ黒い目と服で葬式会場に現れて、慌ただしく俺の手を取った。ある意味正しいその服装が、何故違和感があるのか。手を引かれ車に乗せられてから気付いた。
あまりにも着慣れているからだ。
礼服なんて年に何回も着るものじゃないのに、違和感がなさすぎて逆におかしく感じたのだった。男は、運転席に滑り込むとごく自然な動作で腕時計で時刻を確認し、チッと軽く舌打ちして車を発進させた。そのまま五時間ぶっ続けのドライブ。
真夜中の見知らぬ街に到着したツナは、唐突に道に放り出され地図を渡されて、先に行ってろと告げられた。眠い目を擦っているうちに車は再び走り出し、一人取り残され、選べる選択肢なんてなかった。人影のない通りを急いで走り抜けた。祖母が亡くなって以来、泣き尽くしたとばかり思っていた涙がまた出てきた。
ツナは幼い頃両親を亡くしている。外国で揃って行方不明になった二人は、ツナの五歳の誕生日を待たずに死亡認定を受けた。
引き取ったのは母方の祖母であり、二人は並盛町で細々と暮らしていたのだ。
その祖母が急な病気で亡くなり、ツナが呆然としている間に――あっという間におばちゃんおじちゃん親戚の手で葬式の手配が済んで、さてこれから綱吉の身の振り方を話し合おう、みたいな空気になっていた時だった。
そのまま行くと母さんの姉さん、つまりツナにとっては伯母さんの家に世話になるようだった。丁度三歳違いの従姉妹が居て、共におばあちゃん子、仲もそこそこ良かったから、ツナもあんまり考えずに話にただ頷いていただけだったのだ。ただ、気になるのは、ツナは今年中学を卒業し高校生になる筈で、そうなると伯母さんの家は遠いので、進学先を調整しなければならないという点か。
いずれにしろいろいろ直ぐにはできないのだから……と、当分伯母さんはツナと祖母の家に泊まってくれる話だった。それで一段落、と場が落ち着きかけたところに突然例の男が現れたから、それはもうビックリした。
あんまり驚きすぎて拒否する事も出来なかったくらいだ。
男の話によれば、そしてそれが本当なら、ツナの両親と面識があり父の古い友人だということだ。その縁で祖母とも交流があり、自分に何かあったら孫をお願いしますと言われていたらしい。
それもおかしいと思うのだ。簡単に他人に身内を任せてしまうほど祖母はお気楽な人ではなかったし、いつも穏やかな笑みを浮かべていたが芯はしっかりした人だったから――男が言う事が本当に本当なら、相当な信頼を得ていたのだろう。
あれが?
ツナは鼻をスンとならしつつ首を横に振った。まさか、何かの間違いだ。朝になったら、とりあえず此処が何処か分かって何処かで電話が借りれたら。伯母さんに連絡して迎えに来て貰おう――
何しろ無一文である。携帯は持ってないし。
心密かに決めながら、テクテクと歩いていると、どうやら地図の場所にたどり着いたようだった。
芸能事務所なんてものに入ったのも初めてなら、初対面でいきなり服を剥かれたのも初めてだ。
部屋に入ってきたのは柔らかな雰囲気を纏った、何処か母性を感じる綺麗な女性だった。
こんにちは、とにっこり笑った彼女はツナの喪服を見てどこか痛ましそうな表情をしたが、すぐに元の笑顔に戻り袖を引いた。
「ちょっと、ごめんなさいね?」
「は…はい」
「よいしょ」
どんな魔法を使ったのか。
彼女が軽く服を引っ張っただけでシャツがするりと抜け、ジャケットが下に落ちた。極めつけはベルトもスラックスも全部すとんと足下に落ちて、文字通りの下着姿になってしまったことだ!
声をあげる暇もなく裸に剥かれたツナに、女の人はいそいそと紙袋からなんだかひらひらしたものを取り出し、手早く着付けて整えていく。
顔にぱたぱたと化粧を施され、呆然としている間に「よし」と声がかかって、がちゃりと音を立てて回ったドアノブ。現れたのは――
そこで冒頭の一言である。
果たして、現れたのはヤツだった。
彼はツナを見た途端爆笑し、手を叩いて笑い続けているのでそれはもう相当ヘンな格好なんだろう。当たり前だ。
ツナは確かに低身長で痩せていて、男女曖昧な格好をしているとうーん、みたいな顔を店員さんにされる事もあるけれど、それは単に地味で特徴のない顔をしているからであり、性別はれっきとした男なのだから!
「なんなんだよ一体! 俺に何させてんだあんたたちは!」
「こら、足をばたばたさせるんじゃない。スカートの中がみえちまう。はしたないぞ」
「なにがはしたないだ! 俺は、俺はこんなことの為にあんたに付いてきたわけじゃないぞ! ばあちゃんと知り合いで、父さんと母さんのこと知ってるって言うから…!」
「もちろん知ってる。まあ詳しい話は後にするとして……ちょっとそこで回ってみろ」
「は?」
「まわれ」
居丈高な命令口調にツナはギリッとなったが、男の目が思いがけず真剣な光を宿していたため、渋々とその場でくるりと回った。
「違う。もっと軽やかにターン!」
「かろやかっつったって…」
なんだよこのおっさんは。
いやあな顔をしたツナに、それまで無言でにこにこ場を見守っていたマジックハンドの持ち主が、手をぱちん、と叩いて回って見せた。
くるん。
軽やかだ、確かに。回って止まり際にウィンクしてみせたところなど超軽やか。かろやかの極み。
仕方なくツナは再び、今度は意識して『軽やか』にその場でまわって見せた。
ひらひらしたスカートが回転に合わせてふわりと浮き、そのふわんふわんした動きと自分の貧相なコラボレーションに、喉元からウッと込み上げてくる吐き気。これはヒドイ。これはない。うう、ツライ…
「ふむ…」
なにがふむだ。変態め。
「うーん、私のイメージはロングかなあ。地毛は癖っ毛なのね。このハネを逆に利用して、衣装も色々アレンジできるし…」
「肩の骨っぽいラインも隠せるな。足は問題なさそうだが」
「ほんと! ちょっと細すぎるくらいだもの。ねえツナくん、あなたちゃんとごはん食べてる?」
「たべてますけど…」
「ほんとう? もっと食べなくちゃ駄目よ育ち盛りなんだから。それで、胸はどうするのかしら」
「とりあえずはこのままだ。おいおい考える。まあ任せておけ」
ニヤリ…と笑ったその顔のあまりの禍々しさと、その会話の内容にツナは改めて戦慄するのであった。
男がツナを引き取ると言った言葉だけは、どうやら本当らしかった。
家は事務所から車で十分程離れた場所にあるマンションで、最上階全部まるまる使ったオーナー用のペントハウスである。
祖母と二人暮らしていた一軒家より広いのではないだろうか? 二階部分を足したとしても、リビングが三十畳以上あるなんてのは正気の沙汰ではない。あの家すっぽり入っちゃうかもしれない。
しかしどんなに金持ちだろうと、今後の事は心配するなと言われても、さっきのような体験をした今、ツナの心に渦巻くのは不審と警戒の嵐。
きっとこの立派な家もあの事務所も全部、悪いことをして稼いだ金に違いない。こわい人たちに関わりがあって、こっそり人だの人の中身だのを売り飛ばしたり、まねえろんだりんぐとかいうそれはそれは恐ろしい仕組みの片棒を担いでいたりするのだ。なんてやつだ!
「お前の部屋は此処らへんがいいかね。あんまり奥だと不便だからな、まあ適当に決めていい。リビングも浴室も台所も好きに使っていいが、俺の部屋だけはやめておけ」
「……」
「普段は鍵がかかってるから。まあそれ以外にも、無理矢理進入しようとすれば致死性トラップが発動する。首と胴を放したいとか、手首を爆発でなくしたいとかじゃない限りは、触れない方が懸命だな」
「家の中にそんなもん仕込んでるなんて…やっぱり悪い人…」
「ん?」
ひょいと覗き込んでくる目がこわい。真っ黒い中心に不気味な金色の輪が浮いていて、まるで世界に破滅をもたらす魔王の瞳である。
本当にこの人が父さんと母さんを知ってるんだろうか。ばあちゃんが、俺を、よろしくって言った人なのか?
「う…」
引きつった顔でじりじりと後退るツナを男は不思議そうな顔で見ていたが、ふと視線を逸らして窓の外を見た。
真夜中のドライブ、早朝の女装、驚きと緊張の連続だったツナの目にびっくりするほど眩しい景色が見えてくる。
高層マンションの最上階は流石に眺めがいい。遮る物のない視界いっぱい建物が広がり、並盛とは随分違う。
動き始めた朝の街にはまだ霧が残っている。
光に照らされどんどん晴れていく。
幻想的な光景に言葉も忘れ見惚れるツナの前で、男はぽつりと呟いた。
「オレは、アイドルが好きだ」
――台無しだよこんちくしょう。
一気にうろんな眼差しになったツナである。
「お前の想像通り、以前の俺は裏の世界の住人だった……売れた名前で仕事をし、腐るほどの金を手に入れて、しかしどこか満たされない日々を送っていた……」
自分語り始めちゃったよこの人。
しかも裏の世界とか言ってるし。あ、そういう? そういう系?
「この国に来て一仕事終え、ホテルでテレビを付けたんだ。普段のオレは滅多にそんなことはしないし、単なる情報を得る為の手段だからな。意識したことなんてなかった」
やべえこいつ止まらねえ。
ツナの目が更に半眼になった。
「画面で、どう見てもローティーンにしか見えない子供がやけに装飾過多な衣装を着て、ステージ上でポンポン跳ね回ってた。歌は口とズレてるし、踊りも稚拙で決して巧いワケじゃない。だけど目が離せなかった。歌がうまい歌手はゴマンと居る。容姿に優れた女優も。ダンスも同じだ。プロの動きはずば抜けている――しかし――その全ての要素で劣っている筈のその存在が、オレにはやけに眩しく見えたんだ」
「……はあ」
「彼女達は決して優れた存在になろうとしてるんじゃない。飛び抜けた存在感やカリスマでもなく、多人数で、ただ、楽しげにしてる。それでいいんだ。人間はトレースする生き物だ。画面に笑いかける。見ている人間が笑う。それだけでいい」
「あの……」
「動機はどうでもなんでもいい。あの狭いスペースでどれだけ自分を表現できるかが鍵だ。オレは事務所を作り幾つかのアイドルユニットを世に送り出した。自分でもそこそこの成功を収めたと思っている……その過程で分かった事がある」
「えーと」
「アイドルは万病に効く」
「流石に無いだろ」
どっかの健康食品の宣伝文句みたいになってるぞ。
ツナは、流石の俺もこれは伝家の宝刀ツッコミを抜かざるを得ない。と思った。
色々とボケ倒しの人物相手に、俺が出来る抵抗はこれくらいだ。
「両親を亡くし、今祖母までも亡くしてしまったお前が辛い思いをしているだろうと思った…」
「それが女装とどういう関係あるのか四百文字以内で説明して欲しい」
「ツナ」
「な、なに」
「お前は、アイドルになるのだ!」
「はァ――?!!?!!?!!!」
いやいやいやいや。それはない。絶対無い。
「脈絡なさすぎるだろ! 俺が不幸な事とアイドルとの関連性が一向に見出せない!」
「アイドル見てると幸せな気分なるじゃん。やればもっと元気出るんじゃん? むしろ元気だせ」
「慰めるならもっとストレートにお願いします!」
分かった、この人、駄目だ。大分ダメ。
「俺は、普通に暮らせればそれでいいんだ! もういい、いまからでも伯母さんとこ行くからッ! 電話貸せよ!」
「電話しても無駄だぞ」
「なに?!」
「お前はオレと一緒に幸せに暮らす事が決定事項である。入学先も決まってるし、アイドルデビューもほぼ決まってるわけ。メンバーは今日の夕方顔合わせだから。ユニット名がまだだけど、可愛い候補が山ほど考えてあるからな? 楽しみにしとけよ」
そう言って変態はバチコーンと派手なウィンクをかましてきた。ウエッ。
「やだやだ絶対しねえ! 俺そういうの無理だって! しかも女装とかお笑いコンビじゃないんだぞ!」
「おいてめえお笑いバカにしてんのか昨日今日女装したポッと出のやつに芸人とか超絶無理だから。笑いとれんのかああん?」
「なんでいきなり怒ってんの?! そんなお笑いに思い入れあんの? っつかなぜアイドルなら出来ると思ったんだアイドルバカにすんなばか!」
変なこだわりを発揮された。
っていうか、この人何気に日本人じゃないと思うんだけど(話の内容とか容姿的に)、なんだか随分日本の芸能に詳しい。マニア? マニアなのか?
「丁度一人捜してたんだ地味めのかわいいやつ」
「地味めは死ぬほど同意するけどおおおお!」
「写真見たら割とかわいかったんだよ。三歳の時のだけど」
「それ子供補正だろ! それから十一年経ってんだよ?! いい加減、俺も男っぽくなっちゃってるしさあ」
「ぜんぜん」
「うぎー!」
思いっきり平仮名で否定されてしまった。
「まあ待て。お前な、言っとくけど、残り二人めちゃくちゃ可愛いぞ」
「――は?」
「お前とユニット組む二人。すんげえかわいい」
「……」
「オレが直々にスカウトした逸材だから当たり前だけど。かわいいし。性格良いし。発育良好だし」
「いやでも俺女装とかは…」
「とりあえず会うだけ会ってみねえ? 夕方にさ、ほらメシでも食いながら。好きなとこ連れてってやるから」
「……まじでかわいい?」
「超絶かわいい」
正に、悪魔のささやきであった。
ツナは平穏な生活を愛していたけれども、その平穏な生活ではとんと縁のなかったかわいい女の子も好きだった。思春期の少年らしく。
とりあえず、会うだけ会ってNOもありだと思う。
付き合うとかは無理だろうけど、見るだけならいいじゃない? かわいいってどのくらい? やっぱアイドル候補だしウヘヘとかゲスい欲望に負けてツナは男の言われるがまま少ない手荷物を部屋に収め、手渡されるままユニセックスな服に着替えてノコノコ事務所にやってきたのだった。
「そう言えば、あんたアイドル成功したとか言ってたけど、随分こぢんまりした事務所じゃない?」
「ああ。大きくなってきたら逆にやる気がなくなってきてな……後継を決めて新しく立ち上げたんだ。何事も最初ってやる気出るだろ」
「うわ…道楽だ…」
「違う。生き甲斐だ!」
変な人。
初めて会った時に(うん、昨日だ)比べれば大分緊張はほぐれてきたが、男に対するツナの不信感はマックスと言って良い。アンチ好感度は鰻登りである。
「ほら、ちゃんとよそ行きの顔しとけ。それから一人称は『わたし』だ。名前呼びはお前のキャラ的に合わねえし、反感が出ると面倒だからやめとけ」
「え? なに?」
「お前がどうしてもそうしたいというなら止めはしないが。ちょっと言ってみるか? 『あのね、ツナね〜』って。さん、はい」
「死んでも言わねえ!!!」
グワッと般若の形相になったツナはぶつぶつと「わたし…わたし…」と呟いて自己暗示をしていたが、ドア一枚隔てた外の通路に人の気配がし始めると、途端に落ち着きが無くなった。
か、かわいい子! かわいい子! かわいい子ー!
はあはあ息が荒くなっているツナを見て男はなんだかしょっぱい表情になり、「やっぱりおまえも男なんだな…」とか言ってるが、そんなもんは最初から言っている。俺は男だ。
「失礼しまーす! こんばんはー!」
「社長さん居ますかぁー?」
明るい声が部屋に響いた。
ツナは絶句する。声、声がもうかわいい。ってかほんとに、ものすごいかわいい!
「わあ…!」
ツナが目を見開いて固まっているのと同じように、ドアから顔を出した二人も立ち止まってまじまじとツナを見つめていた。
確かに、超絶可愛い。
正にわあ、である。一人は栗色の髪を肩まで伸ばした、目のパッチリした美少女。すらりと伸びた手足やスタイルの良さが目を引く。
もう一人は黒髪のロングで、少し吊り気味の目元と造りを裏切る豊かな表情で、愛嬌ばつぐんのタイプである。こちらも――恐らく制服のシャツとニットを内側から押し上げている胸のサイズとか、触れたら軟らかそうな白い肌が、もう本当に、
レベル高ぇ!!!!!!!
見上げると男は鼻高々の得意げな表情であり、ツナは一気に彼に対する尊敬の念が高まった。
変態だしどっかズレてるし裏世界とか言っちゃうアレレ〜? な人だけど、見る目だけは一級品。てか、この子達デビューしたら瞬く間に天下取れちゃうだろこれ。むしろ俺、ファンになりました。ファン一号。会員番号1番くださぁ〜い!!!!!
そんな事を思いながらもじもじしているツナに、美少女二人はトテテと駆け寄ってきて、開口一番――
「うわあ、かわいい!」
「うんこの子いい! すっごくかわいい!」
と言ったのだった。
2012.10.13 up
02.
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