ドリームメイカー

 

 なんだろう。
 なんか、すっごく切ない。
 ツナは――許されるならばハラハラと涙を落としたい心境になった。
 可愛い子にかわいいって言われるのが、何故かとてもつらい。ぱっと見男って分かってもらえなかったのもあるけど、それ以上に。
 考えてみて欲しい。泉の女神様ですかというような、美しい女優が目の前に居たとして、そんな人から「あなた綺麗ね」「美人だわ」とか褒められて嬉しい人間がいるだろうか。
 否。断じて否!
 同様に、可愛い子からかわいいと言われた所でチットモ嬉しくはないのだ。なぜなら言ってる方がずっともっとかわいいから。
 しかしそんな男の複雑な心境などつゆ知らず、二人はツナを挟んでさっそくキャッキャし始めるのだった。
「社長さん、もしかしてこの子?」
「ああ。今度お前達とユニットを組むツナだ。仲良くしてやってくれ」
「ツナちゃんね! 私京子です。よろしく!」
「ハルっていいます! ツナさん一緒にアイドル、頑張りましょうね!」
「違います!」
 ツナはぶんぶんと頭を振り、力一杯否定する。
「お、おれ――じゃない私アイドルなんて絶対に無理です! できるわけないし!」
「ええっ? どうして?」
「こんな可愛い子と一緒に並ぶなんて――」
「ツナちゃん、かわいいよ!」
「うんうんうん」
 カクカクカクッと連続で頷いた二人の美少女は、ずいと顔を近づけてきた。
 やべえ、めっちゃイイ匂いするし。てか近いしー? マジでなんだこの状況!
「なんか、小さくって、ぎゅっとしたい感じ。ハムスターみたいな」
「そうそう、小動物系ですよねツナさん。かわいい。家にお持ち帰りしたいですぅ〜!」
「社長さん、ツナちゃんって同い年?」
「おー。お前らと同じで来年高校な。多分一緒に通う事になるぞ」
「やったあ!」
 なんだか俺を置いてきぼりにしてどんどん話が進んでいる!
 あれよあれよという間に手を取られ、外に連れ出されたツナは後部座席で美少女二人に挟まれ大量の冷や汗を量産しつつ質疑応答をする羽目になった。
「ツナさんて、どこ中出身ですかあ?」
「あ、えーと、並盛…」
「えー! じゃあ実家の近くです! もしかして以前会ってたかもしれない! あのね、京子ちゃんはね、帰国子女なんですよー! お兄さんと一緒に日本に居るんです!」
「あ、そ、そうなんだ…」
「お父さんもお母さんもあと三年は帰ってこられないんだけどね。お兄ちゃん、私の二つ上で、ボクシングやってるんだよ」
「へえ…」
「ツナちゃんは並盛から通ってるのかなあ?」
「あ、いや…」
「こいつは両親共にいなくてな。ついこの間一緒に暮らしてた祖母さんも亡くなって、オレが引き取ったんだ。だから一緒に住んでる」
「……まあ」
 そういうことに、なっちゃうんだろうか。
 確定事項っぽい感じで話されてしまい、おおっぴらに否定するわけにもいかずツナは俯く。
「ツナさん…!」
「ツナちゃん…!」
 京子とハルは顔を見合わせた後、ぶわっとその両目に涙を浮かべてツナにぎゅうと抱き着いてきた。
 うおおおおお! やわらかいしイイ匂いするしなんかすごいこれー?!!?!??
 目を白黒させるツナに、バックミラー越しに男がにやにや笑いを向けてくる。

 いや、違うんだこれは。
 不可抗力っていうか。
 どうにかしろよこの状況を! 身動き取れないよ!!

 必死にアイコンタクトを取ろうとするツナからすいと視線を外し、つれない仕草で運転に意識を戻した男――社長――は、昨晩と同様の鮮やかなハンドル捌きで店の駐車場に車を止めた。
「よし、着いた」
 其処はツナのリクエストし想像した場所とは大分様子が違っていたが、小さな看板には確かに『しゃぶしゃぶ・すき焼き』の文字があった。
 絶対食べ放題のチェーン店じゃないだろこれ。
 門がある。庭がある。玄関先になんか良い雰囲気の灯籠があり、和服姿で行き交う店員の姿が。
 絶対高い絶対高い絶対高い!
 青ざめるツナの手を引いて降り立った美少女二人は、特に驚くでもなく飛び跳ねるようにして社長の後についていく。
 当然、手を繋がれているツナも行かざるを得ず、「ど、どうしようこんな高いところ…!」という情けないつぶやきも聞かれたようだ。
「え、そうかなあ? 家族でも時々いきますけど、こんな感じですよぉ?」
「そうだね〜。日本のお店、逆に少し安いんじゃないかな? あっちはもっと高いもの」
「……う」
 この二人、もしかして結構なお嬢様なんじゃないのか?!
 ツナの慎ましい生活に、外食が入る余地は殆ど無かった。祖母が料理好きであり、下手な店よりも美味しいものを作ってくれたおかげもあるが、そもそも交通手段が電車かバスの状態で、わざわざ外食に出かけるのは高齢の祖母には辛かったのだ。
 だからツナが外食をする機会は例の伯母さんや、親戚のおじさんが遊びに来たときに連れてってくれるラーメン屋とか、焼き肉屋とか、最近並盛に出来た食べ放題系の店ぐらいで。
 そういうものに憧れて言ってみた「しゃぶしゃぶとか、すき焼きがたくさん食べられるところ」がまさかこんな高級店であろうとは予想だにしなかったのである。





 腰の低い、キビキビした所作の和服の女性が忙しく立ち働いている様子は、ツナに祖母のことを思い出させた。
 ばあちゃんはなかなか洒落た人で、家でもずっと和服を着て、家で着付けなんかもやっている人だった。ツナがよちよち歩きを始める頃には和裁仕事を辞めていたらしいけど、たまに知り合いから注文を受けて着物を縫っていた。
 高そうな反物にさくさくとはさみを入れていくのが面白くて、ツナはよくじーっと眺めていたものだ。
 やんちゃに動き回る子供ではなかった。大人しく祖母の手元を眺めている子供だったツナに、彼女はよく『ツナちゃんは本当によい子で助かるわぁ』と頭を撫でてくれた。
 悪いことをすれば叱られたりもしたが、祖母がしゃんとしていたおかげで親のいない引け目を感じることもなく、たくさんの人に助けて貰いながら、地道にひっそりと暮らしていたのに。
 なんでこんな事になっているんだろうか……
「ほら肉だ。どんどん食って良いぞ」
「あー! 社長ずるいですぅー! ハルもツナさんにっ、食べさせっ、きゃあ!」
「あはは、ハルちゃんしっかり〜」
 口に隙間無く詰め込まれた高級和牛が、苦しい。
 美味しいのだがこう次々に突っ込まれてはたまらない。肉以外を食べたい、なんて思う日が来るなんて。贅沢だなあ。
「はいツナさん、あ〜ん」
「ふほ、ふほほほふほ」
「え、もっとですか? からいの入れます?」
「ん――ッ!」
 完全に面白がっている男――社長と違い、このハルという子。
 基本的に悪い子ではなさそうなのだが、圧倒的な天然の気配。そして世話焼き。
 気後れして箸の進まないツナによく目を配り――いやありがたいのだが、そう肉ばかり突っ込まれては苦しいんだ。俺の口にも許容量というものがあってだなあ…
「ツナさん細すぎです! もっと食べないと、アイドルは体力勝負なんですからね!」
「んごほほほほ! んん!」
「そうだよね。特に私達、ダンスメインになる…のかな? ですよね社長さん?」
 京子は上品な箸使いで鍋の中のものをバランス良く食べていく。
 背筋がぴんと伸びていて、柔和に微笑んだ口元や穏やかで優しい話口調に、ツナはぽーっとなってしまう。この子可愛いなあ。ちょっとばあちゃんに似てる、かも。
「ああ。予定だがな」
「くーっ、楽しみですねーツナさん!」
「んっ……グフッ……むごごご」



 なんとも落ち着かない夕食の間、二人のアイドルの卵と社長はかなり本格的な打ち合わせを始めた。
 ツナがいくら拒否をしても、誰も本気で取り合ってくれない。それどころか「お肉足りませんか?」とハルが箸を持ってじりじり距離を詰めてくるので、対応するのに手一杯。
 お腹を満たしご満悦な二人を自宅まで送り、帰路についたところでようやくマトモに話が出来ると思ったのに。
「明日からレッスンな。二人は先に始めてるし、体も動く奴等だが、お前はなぁ…」
「し、知らないよ! ってか俺やらないって言ってるじゃないか!」
「成績見たぜ。いや酷かったわー。あんな酷いもん見たことねえわ」
「うっ…そ、それは、確かに、そうだけど…」
「奇跡的に進学出来たとして。あの成績じゃあ……」
「うう…」
「この業界は色々大変だがな、オレが本腰入れてプロデュースする以上はその辺のサポートもしっかりしてやるぞ。どうだ、家庭内家庭教師」
「手伝うくらいは構わないけど、アイドルは無理があるだろ…!」
「同じことだ。いいじゃないか、アイドルを手伝えば」
 アバウトすぎる論法にツナは言葉が見つからない。だから、俺根本的に、男なんですけど! と訴えても見えないから大丈夫だとか。ないよ!
「女装くらいなんだ、減るもんじゃねえし。オレだってするぞ」
「それは……そういう……ご趣味で?」
「バカ仕事だ。手が足りないときにやむを得ずやったんだ」
「仕事?」
「モデルのな。そういう寸法の服を作ったデザイナーがいたんだ。デザインは一流だしモノは良かったんだが、なにぶんでかすぎて着られる女がいねえっつー事情だよ」
「そ、そうなんだ…」
 最初から決して近くなかった心の距離が、更に離れた。
 必死に窓の外へ視線を逃がそうとするツナを見て、社長は深々とため息を吐く。
「つまらん奴だな。人生退屈だろ」
「それで十分です……」
「オレは十分じゃない」
 そりゃ貴方はそうだろう。でも俺は違う。
 女の格好して人前に出るなんて、非常識だ。
 口をついて出た言葉に、ミラー越しに寄越された視線はあくまで静かだった。
「お前が『そう』だと思っているのは本当に正しいのか? 常識的に男が女の格好をするのはおかしいと言うがな、その常識ってのはなんなんだ? お前がイメージする常識だの普通は、随分不自由なものなんだな」
「だって…」
「オレはもっとシンプルに考えるね。オレが前の家業を辞めて事務所の社長なんぞしてるのは、それが心底楽しいからだ。お前は全てを捨てて打ち込めるものがあるか?」
「……」
「夢だけで食ってけるほど安易な業界じゃないが。少なくとも、夢も見ないで生きていけるほど人間ってのは丈夫にできてない。現状にどんな不満がある奴だって、毎日何か願うだろう? 小さなことでも、突拍子のないことでも、なんでもだ。挑戦は自由さ」
 怒りのような、不満のような、渦を巻く何かが。
 ツナの中でぐるぐると回る。でも言えない。説教かよと笑い飛ばせない何か。
「なあツナ。お前は何がしたいんだ?」
 どうして俺は答えられないのだろう。

 

2012.10.22 up


03.

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