バランスビター
たっぷりのお説教をされて店に戻ってくると、幸いな事に店内はいつも通りに落ち着いていた。
ホッとしながらも、改めて店の外から眺めてみると……異様ではある。
洒落を効かせた程度ならともかく、店構えから何から全部徹底していて其処だけ切り取ったように別世界なのだ。
店の周囲を囲っていた穴だらけの薄いアスファルトは撤去され、土を盛られて、小規模ながら立派な庭になっている。
根付いて青さを見せる芝。木が何本も植えられて、店の入り口に青銅製の置物。
大きなガラス窓は以前のままにしろ、外装は殆ど面影もない程変えられているし。
そんな中を、ますます本格的な制服を着たうら若い女性が行き来しているのである。
(確かに、ちょっと出来過ぎな感じはあるな…)
「何をボーッと突っ立っている。さっさと入らないか」
「…は」
忘れてた。
帰り道はそれまでの勢いが嘘のように静かだった。
足音がまったく聞こえず気配もなかったので、存在を一瞬忘れていた。
「あ、ああ、ハイ」
「……」
ラルは先程の警官の言うことを頷いて聞いていた。素直な所もあるようだ。
しかし自分に対する態度は相変わらずつっけんどんで冷たい。
(何か気に障るようなことしたかな?)
びくびくと様子を窺うが、綱吉は自分のそういう腰の引けた態度が彼女を苛つかせているとは気付かない。
案の定ギロリと鋭い目つきで睨まれて、慌てて視線を前へ戻す。
「た、ただいまー…」
「店長!」
「おかえりなさいませ!」
(メイド姿の人におかえりなさいませって言われたよ!)
心配して寄ってきたスタッフに囲まれつつ、そんな事を考えてしまう。
ちなみに店員の言葉遣いは普通……よりちょっと丁寧な感じで、基本の他細かな指定は無い。定番の言葉に一瞬感心というか呆然として、固まってしまった綱吉だったが。
「大丈夫でしたか?」
「…大丈夫だった」
これ以上はないというぐらい凡庸な返事をしてしまう。
「アー、エーと」
店内を見ると、ティータイムと夕食前の間の時間で客の姿は殆ど無かった。
フロアに二人だけ残して裏に入り、相変わらずムスッとした顔で腕を組んでいるラルをサササと前に出す。
「新人の、ラルさん」
「…よろしく」
事前に打ち合わせ済みの事であった。
幾ら腕の立つ用心棒とて、仁王立ちで見張っていれば立派な営業妨害。
もうなんなら後ろで適当に休んでて下さいという綱吉と、バカな事を言うなオレは雇われた身なのだぞ! 仕事をしにきたのだ! といきり立つラルとで――
双方が譲歩し合った結果、彼女は店員になりすまして様子を見ることにしたのだ。
「そうだったんですか〜」
細かい所に疑問を持たない、大らかな所がこの店で働く子達に共通する良いところ。
口々によろしくね、がんばろうねと言って新人さんを囲んでいる。
「うむ…」
綱吉に対する時は、大方目を剥いて怒鳴りつけるラルも、罪のない女子にはそうそう怖い顔は出来ないらしい。
戸惑いつつ頷き、よろしくお願いする、などと言っているのを聞いて、ひとまずは安心である。
「早速明日からシフト入って貰います」
「しかし…給仕などした事はないぞ」
「皆がちゃんと教えてくれますよ。とにかく…」
いきなり人を殴るのは止めてくださいと念を押すと、ラルはじろりと横目で睨みつつ返してきた。
「貴様もいきなり人に殴られるのは止めろ。見苦しい」
そんな無茶な。
「ぜ…善処します」
「ふわぁ〜」
大きなあくびをしながら、綱吉は仕事場のドアを開けた。
いつもより若干早い出勤だが、早すぎるという事は無いようである。店には既に幾人かのスタッフの姿があり、「いらっしゃいませ!」と元気の良い声出しが行われていた。
これとて、店長の自分がやれと命じたのではない。
彼女たちは自主的に練習をしているのだ。綱吉はぼうと眺めて、すごいなァと感心するばかりである。
「店長おはようございます!」
「おはようございま〜す!」
「おはよう…ございます」
挨拶をする間も、視線は中央に釘付けだった。
其処にはぎこちない表情ながらも、すっかりスタッフの一員となり、声出しにも加わるラルの姿があった。
「あー…やっぱりそっちの格好にしたんだ」
「何が」
やはり、自分を見ると表情が硬い。
相当嫌われているらしい。密かに傷付くよ、それ。
「…長い方の」
端的である。
彼女が着ているのはロングスカートに白いエプロンが眩しい、伝統的メイド制服だった。
やや胡散臭げな目つきで睨め回した後、ラルはううん、と唸る。
「これは…非常に動き辛い」
「似合ってると思うけど」
「そういう問題ではない。これでは有事の際…」
「慣れれば大丈夫ですよ」
先輩スタッフが自身の制服のスカートを持ち上げ、パッパと手で払って見せた。
「拡がりがあるので。ラルさんは普段スカートを履かないんですか?」
「『制服』は諦めている。それでもこんなに長くない」
「でも…」
短い制服の子達が顔を見合わせ、困ったように笑っている。
「ラルさん、歩幅大きく早く歩くでしょ? これだと裾が上がって下着が見えちゃうんですよね」
「そっちも着たんだ?」
見るからにフワフワの、カワイイ感じのミニの制服……を目つきの鋭いこの御仁が。
(いや、似合わないでもないのかなぁ)
スタイルは良いし不自然ではない。鋭すぎる目つきさえ除けば。
(けど…)
「しかし動き難い」
戸惑ったように色々な方向へ足を出したり引っ込めたりしているラルには悪いが、長い方で正解だと思う。
昨日のあの様子では、もし不届きな輩が声をかけようものなら即行で戦闘態勢である。
緊迫した場面を想像してしまった綱吉は、渋るラルの前で両拳を握り、力を込めてエールを送った。
「頑張ろう!」
普段ボケーとしている店長の、キャラにない行動に周囲は目を見張ったが――
「頑張りましょう!」
「頑張ろうね、ラルさん!」
「…うむ。やってみるか」
「じゃあ店長、お願いします」
「えぇ俺?!」
この店に入ってくるバイトは、ファミレスやファーストフードでの経験がある子達が多く、のみこみが早いので研修は殆ど無い。立ち振る舞いや言葉遣いにちょっと前書きが多いぐらいか。
練習というのは久しぶりだったから、綱吉は幾分緊張しながら出口付近に回った。
「店長がお客さんやってくれるから、案内してみて」
「ど、どうも〜」
「…ム」
流石に、腕組みは解除された。
しかし固い。固すぎる。両足はたっぷり肩幅分開いているし、肩にも力入りまくり。
「はい、『いらっしゃいませ!』」
「いらっしゃいませェェ!」
「元気が良いねえ」
老人のような感想が、思わず口をついて出た。
どちらかというとレストランというより、魚市場みたいな感じではあるが…
そこまでは良かった。
しかし次の瞬間、ラルはくるりと振り向きつつ油断なく綱吉の動向を探り、進んだ。
「案内する。ついてこい!」
「は」
周囲が凍り付く。
店のスタッフは一様にぽかんとしている。
(あれこれ止めるべきなの?! どうすんの??)
「座れ!」
ビシイと指された席へすっ飛んで座ると、ラルはおもむろに脇へ挟んでいたランチメニューをテーブルに叩き付けた。
「今水を持ってくる。それまでに貴様が食するものを決めておけ!」
「は、はぃっ」
「水だ!」
勢い良く置かれたグラスから、勢い良く冷水が飛び散る。
「うわぁっ、水、水が」
「慌てるな! ただの水で危険はない」
「ちょ、ちょっと待ってラルさん!」
零れた水を拭うべく、床用のモップを振り上げた所でストップがかかった。
「ダスター使いましょう、モップは汚いから…」
「そうなのか」
全てにおいて大胆、ダイナミック、大らかであるというか。
「なんというか…動きにメリハリがあっていいわね!」
「恐れ入る」
「ちょっと言い方を変えてみましょうかっ」
偉大なる教師魂を見た。
しかし綱吉にしてみれば、今更この勇ましさを直すのも…
(なんかもう、こういうのも…専門的でいいんじゃない?)
面倒臭くなってしまった。
2009.10.3 up
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