バランスビター
「どうでしょうか、店長」
「ちょっと…表情が硬いかな?」
キビキビと働くその姿を物陰から覗き込む。
鋭すぎる動きはかなり修正され、問題無いように思えるが…時折険しい目つきにぶち当たるのが気になった。
客は怯えつつ案内されたり給仕されたりしているものの、特に態度が悪い訳ではないので文句は言えず、しかし落ち着かない気持ちであるようだ。
「教えた事はすぐに覚えて実践できますし、手際も良いですよね」
「うん、即戦力だ。後は」
表情か。
(とは言え、俺も偉そうな事言える程愛想良い方じゃないしな…)
接客に向いていると思ったことは一度もない。
得意な人間は自然な笑顔が出る。綱吉のそれは若干引き攣っている。
まあ、仕事だなあと思ってやっているだけで、楽しさを感じる事は稀だ。
自分がそんなもんなので、確固たる指針はない。色々あって良いとは思う。
かくあるべしという制限は、かえってこの店に合わないような気もする。
(色んな人が居るからな)
客も様々だ。誰もが丁寧な接し方を求めている訳ではなく、それぞれに事情がある。
その辺のさじ加減は偏に経験だが、綱吉は割と楽に察する。ただ接し方が幾分ぎこちない――このように、人には得意不得意がある。
気になったのは、仕事をしているラル本人が至ってつまらなそうに見える事だった。
「仕事だ。それ以上でも以下でもない」
腕組みをしてキリッとした視線を向けられると、背筋が妙に緊張する。
綱吉はあ、そう、とだけ言って手元のカップに目線を落とした。
休憩中の打ち合わせが、途端に気まずい空気に。
「やれと言われればやる。だがまず慣れないし、向いているとも思わん」
スパスパと竹を割るような答えの後、相手はズバリ核心を突いてきた。
「何なのだ。オレに不満があるならば聞く」
「不満っていうか…ただちょっと、表情が硬いかなって」
「表情?」
一瞬うんざりした表情が浮かんだが、ラルは顎を一撫でして巧みに隠す。
仕草が男らしい事を除けば、気遣う意志はあるようだ。
「どうすればいい。笑えというのか」
「うん……ちょっと笑ってみてください」
ニヤリ。
口の端を吊り上げ、前方をにらみ据えた不敵な笑みに綱吉は即目を逸らした。
眼力に負けたのである。
「どうだ、こんなもので」
「う、うん…」
(どうしよう…恐怖しか感じない…)
若い女性で容姿も良く、好感を持つ要素は十分にあるのに、どうしてこんなにも得体の知れない威圧感があるのだろう。
素朴な疑問だった。
視線を膝に固定したまま、綱吉はぽつりと呟いた。
「普段どんな仕事してるんですか? その…用心棒とか?」
「その時によって違うが、大体は前線で戦っている」
「前線ですか?!」
「ああ。しかし常にではない。新兵の訓練もしている」
「……」
「今のように個人の依頼で護衛に付く事もあるが、稀だな」
どうやら普段は全然違う業界に身を置いている様子である。
綱吉はぽかんと口を開け、その顔を見つめる事しか出来ない。彼の中での前線、戦場と言える場所は昼の混雑時と趣味であるゲームの中にしかない。
(あっ)
そうか…と綱吉は閃いた。
自分には到底実感できそうにない世界に身を置いたとして。
早く馴染みたければ、それまでの習慣に今の状況を慣らせば良いのだ。調整が難しい自分ではなく、周囲を違うものに見立てれば良い訳である。
「ラルさん、お客さんは敵ではありません」
「…は?」
「貴方の敵はオーダーです。注文を一つこなすと一人殺ったことに」
そこまで言いかけて、表現がまずいなと思い直す。
(物騒だから点数にしよう)
「一つオーダーをこなすと500点入ります。皿を下げるとボーナスが100。水を注ぐと50」
最初こそぽかんとした顔をしていたラルは、首を傾げつつ立ち上がる。
綱吉も一緒にホールを覗き込んで、仕事中のスタッフの動向を見守る。
「見て下さい、我が店ナンバーワンの誉れ高い彼女ですが」
「おお」
笑顔でいきいきと仕事をするスタッフは、「いらっしゃいませー!」の声も明るい。
「通りすがりに空いたお皿を下げ、挨拶をして…今視線を巡らしたのはあの一帯の水のグラスを確認しているんです。ほら、皿を下げて即ダスターと水の容器を持っていく」
「なんと…」
「合間に呼ばれて笑顔で振り向く、と。只今窺いますと一声かける事によって周囲で手の空いているスタッフが向かいますよね。あ、お客さんが入ってきた」
「……む」
これがまた気持ちよいぐらい動いてくれる。
綱吉とて到底できない。一種の神業である。
「水を取りに行く途中落ちていたゴミまで拾ったぞッ!」
「すごいですよね」
「なんという手際の良さだ」
すっかり感心しているようだったので、すかさず適当な言葉を並べ立てる。
「いやあ、すごいなあ。あれぐらいになると一日140000点ぐらい行きますねー」
「140000点だと!」
最初こそ輝いていたラルの顔が、しかし徐々に曇ってきた。
まるっきり疑いの眼差しで見てくる。
「待て。どういう計算なのだそれは。どう考えても一日のオーダーがそんな点数には」
(う)
丁度その時、家族連れのテーブルから皿が転がり落ちてきた。
大きな物音に店は一瞬シンとなり、子供を叱る親の声と、一瞬遅れて泣き声が聞こえてくる。
ファミレスでは特に珍しくもない光景だ。
しかしラルは子供が泣くのを、息を詰めて見ていた。
その緊張した面持ちから、綱吉は彼女が子供という存在に慣れないのだと気付く。
無理もない。普段居る世界と間逆なのだ。
其処へ件の彼女がやってきて、笑顔で応対し始める。つられて子供も泣きやんで笑った。
和やかな空気が戻ってくると、側で力んでいた肩がスッと降りる。
(よし、これだ)
綱吉はもっともらしい言い方で付け足した。
「子供の笑顔は100000点入ります」
「……なるほど」
「すごい。昨日と全然違いますね、店長」
「うん…」
苦し紛れの例えが此処まで上手くいくとは思っていなかった。
一晩経った後のラルの動きは見違えるようで、表情もずっと軟らかくなった。
コツを飲み込むと非常に手際が良く、目を配っているのが分かる。優秀な人物なのだ。
(そりゃ前線で戦ってるんだもんな…)
綱吉の敵はせいぜいが汚れた皿、次々舞来る注文だが、ラルのそれは……
(いや。考えるのは止めよう)
今はりっぱなスタッフの一員なのだ。
あまりに著しい成長に目が潤んでくる。あの無愛想なラルさんが。
ウウ…と涙ぐんでいると、スタッフもくすんと鼻を鳴らしてハンカチを当てている。
二人は手を握りあった。
「何をしているのだ、店長」
「うわっ!」
「きゃあ!」
気付くと感動が手に盆を持ち、怪訝な顔でスタッフルームを覗き込んでいるではないか。
「い、いや、別に! なんでもないよ!」
「そうですよね! あ、私時間だった…ホール入りまーす!」
パタパタと駆けていく後ろ姿を見た後、ラルはじろりと綱吉を睨んだ。
「貴様、店の人間に手を…」
「出してないよ?! 違う違う、そうじゃなくてただ…」
あなたの成長に二人で感動してましたとは言えず、ひたすら誤解だと繰り返す綱吉に胡散臭げな目つきをして見せ、ラルはクイと首を傾けた。
ホールから一歩抜けると仕草は元に戻るようである。
「それで、仕事の話だが」
「いやもう、立派に、申し分無くして頂いて」
「馬鹿者」
パシンと頬に拳の裏が当てられる。
軽く裏拳をくらわせつつ、ラルは呆れたようにため息を吐いた。
「オレの仕事は給仕だけではないのだろう」
「……あ」
すっかり忘れていた。
スタッフの一員……所じゃない。
それは彼女の仕事をしやすくするための、あくまでも仮の姿だった。
(いかんいかん)
目的と手段が入れ替わっていた。そうじゃなくて。
「何かいい方法でも思いつきました?」
「うむ。それについては店長、貴様の助けも必要なのだ」
そう言うと、ラルは例の迫力に溢れた笑みを浮かべた。
2009.11.9 up
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