01.
意外性というものは重要だと思う。
特に魅力的な人物、と評されている場合、それは中々に大きな効果を発揮するのではないだろうか。些細な、世間一般では欠点とされている要素でさえ可愛げや親しみというものに変化し、それがもしマニアックな趣味趣向だったりする場合、同性間の友情において固い握手や肩の組み合いに通ずる。これは学年で一、二を争うモテまくりのイケメン同級生の好みのタイプが熟女専門(ガチ)だったり、非の打ち所がない程頭脳明晰成績優秀スポーツ万能委員長タイプな奴の休日の日課が地味ゲーの上限なしレベル上げだったりする事に通じ、長年の経験より綱吉はその衝撃の告白に対し劇的な反応を示すのは懸命ではないと悟っており、上記全ての場合において「そーなんだー」と笑顔(同意)を浮かべる事に成功していた。
だからこそ。
偶然同じ大学に通う隣人が古風な買い物かご片手に商店街の買い物をしているのを目撃しても、早朝のゴミ出しで納豆パックぎっしりの地域指定ゴミ袋を手に持っている相手に出会った時も、チャイムに呼ばれて玄関先へ出て深皿にラップをかけた里芋の煮っ転がしを持ってにっこり笑っている彼に応対した時でさえ、笑顔でいられた。「そーなんだー」って言えた。いいんじゃないかな。幾ら話題のハンサムイケメン留学生でも一人暮らしである以上家事も買い物もするだろう。日本大好きの彼は食事の好みも和食らしいし、自炊の果て実家の母親並みに美味しい煮物を作れるようになったって、それはありがたくいただきこそすれ否定感情を持つには至らない。
確かにイメージは違うかもしれない。身長はそれほど高くないものの(綱吉に三センチばかり足したぐらいである)、足の長いバランスのとれた体つき。正真正銘生まれつきの栗色の髪を後ろで緩く束ね、ラフに頬へかかるサイドと優しげな瞳。その神秘的な青い色に見つめられた女性は、まず一瞬見惚れる。まあその後「どうかしたでござるか?」とか少々独特な口調に顎を落とす事になる訳だが。
イタリアから来た留学生バジル君は日本文化をやや極端に解している。しかし特徴的な語彙ももう慣れた。第一声が「おぬし」で一人称が「拙者」でも彼がいいやつなのに変わりはない。女性には紳士的、同性には親しみのこもった気取らぬ気質は会う人全員に「いいひと」と言わせるのに十分である。
だから綱吉は多分、恐らく、彼に好意的でいた。今までは。同じ学科で、初めて会った日から、満面の笑みで自己紹介された瞬間から友達になれそうな気がしていた。その予想は正しかった、翌日から昼食を誘われ、帰り道も一緒で、なんとアパートの部屋のお隣さんで。すごい偶然だね、と言った自分に嬉しいと返してくれた。よろしくお願いしますと頭を下げ合ったものだったが――
正直、これはないだろう。
うん。ないな。
綱吉は――様々な偶発的出来事の積み重ねでここに居た。
場所にして己の済む部屋と壁一枚の距離である。様々な理由から、訪れたことの無かった部屋。これがバジル君の住んでるとこかぁ。へー。
ないわ。
「……これは、ない」
思わず口に出さずにはいられなかった。
実に綺麗に片付いたワンルームである。ゴミは一カ所にまとめてあり、衣服はクローゼットの中か。シンプルなラグが敷かれたフローリングの床。シングルのベッド。壁の一面に張られた写真の数々。
写っているのは全て綱吉だった。
特におかしなところはない普段通りの自分。寝癖頭のまま構内を歩いていたり、ファミレスでレポートをまとめていたり。しゃがんでるのは…道端で蟻の巣を見ている時のか。何やってたんだ俺。
写真の隣には細かなメモが貼られている。全て日本語ではない、おそらくは彼の母国語であろう。でも、大体の意味は分かる。数字は時刻、出来事、その日の服装と体調? かな? 傍目に見て寝不足とか風邪気味でマスクしてる時は同じ記号があるからだ。
彼は今病院にいる。大学の屋上で何をしていたのか知らないが、何故か階段や非常用のはしごを使わず地面に下りようとしたらしい。鈍い物音の後、花壇の上で発見された彼は両腕と左足が血まみれだった。切られたみたいな傷も見えていた。
綱吉は当面の着替えや診察を受けるための身分証的なものを取りに来ている。意識のない彼のポケットから鍵を探り出す事にやましさを覚えなかったのは、単純に親しいから、お隣さんだからという理由である。彼はしょっちゅう綱吉の部屋に来ていたし、不自然なところはまるでなかった。
そう言えば、今思い返してみれば――逆に彼の部屋へ行こうとしなかったのは、いつでも相手が訪ねてきてくれるシチュエーションに慣れきっていたからだ。大抵綱吉が言い出す前にバジル君は行ってもいいかと聞く。そう、驚きだけど、バジル君の部屋にはテレビがない。これは本当だった訳だ。
彼と会って一年半。食い物の好みも、使ってる柔軟剤も、二杯目からの切り替えが水割りでそれも芋焼酎が好きな事も知ってるのに、自分は何一つ相手の事を知らないのだと痛感する。何のために日本に来たのか。何を目的として滞在しているのか。
勉学でない事は確かだ。
2012.6.4 up
02.
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