04.
説明は簡潔で、非常に分かり易く、内容の荒唐無稽さを除けば――どうにか納得出来るものではあった。
この短い時間に綱吉は二つの衝撃の事実を知った。正に信じられない、というやつ。口に出しさえしなかったが、普段の自分ならとっくに何言ってるんだアンタと喚いていたところだ。
相手は身元を明かしたのだが、それが第一の衝撃だった。
「まず私達は、綱吉くん、貴方のお父様の命令で此処にいるの」
「は? オトウサマって……父は死んでますけど」
「え? あの――沢田綱吉君、よね? お父様の名前は沢田家光」
「はあ。そうですね。父さん、でも俺が小さい時に死んだって」
「誰から?」
妙な話だが、言われてみて初めて考えた。
綱吉の父は綱吉が子供の頃(多分三、四、五歳ぐらい。小学校にはあがっていなかった)からずっといない。
元々家を空ける事が多い人だったが、最後、確か夏に三日ぐらい帰ってきてから、綱吉が幼稚園に行っている間に消えていた。以来姿を見ていない。
それからしばらく母の実家で暮らした覚えがある。そして綱吉の小学入学を期に、今の家に戻ってきているのだ。
綱吉は子供の時から変に気を遣うところがあって、疑問があっても、それはぼんやりとした思考に遮られ口からは出てこない。
決定的な事実を避けるというか。成人近い今になっても直らぬ癖だ。
なんとなく事情を聞けずに居て、母はいつも通りで、学校があり――そんな風に日常を過ごしてきてしまったのである。
確かに母の口から直接父親の消息について聞いた事実はない。
此処に至って初めて気付いた訳だが。
「お父様は生きているわよ。事情があって、長い間日本には来られなかったのだけど」
「そう…なんですか」
曖昧である。
本来なら恥ずかしく思うべきなのかもしれない。
しかし綱吉の中では父が生きていたという事実よりも、何故今まで顔を見せなかったんだという疑問の方が強い。
恐らくこれからその部分が説明されるのだろう。どうぞ続きをと促すと、相手は一瞬ぽかんとしていたがすぐに言葉を続けた。
「お父様のご身分というか、立場は知っているの?」
「いいえ。なんですかそれ」
女性はやっぱり、と呟くと、唇をかみしめ険しい表情になった。
幾分緊張しているようにも見える。
「初めて聞く事だと思うけど、どうか落ち着いて聞いてね」
完全に日は落ちている。
今何時なのだろう。
病室の照明はしぼられ、物の色は見えず、輪郭だけがうすぼんやりと浮かんで見える。
あの女性が飲み物を買ってくると行って出て行ってから、多分まだ三十秒も経っていない。足音は聞こえなくなり、個室は静まりかえっていた。
なんだそれ。
口に出して呟く。詰めていた息を吐く。
表向き動揺しないでいられたのは(内心は嵐のごとく、だ)、話している彼女の手が細かく震えている事に気付いたからだった。本当ならそんな面倒な役割は別の誰かだったに違いない、それこそ父さんか、もっと他にいた筈なのだ。予想外のことにそういう手順が全部狂って、偶然任を負っただけの人なのだから。
そう言い聞かせていなければ、きっと自分は酷く取り乱したろう。
父さんめ。
綱吉の平凡な人生に、ありえない程の激動を持ち込んだ張本人。もう十数年会ってない。会いたいかどうかも分からない。
父は外国で歴史ある自治組織の管理職であり、それなりの地位を持つ重要人物だという。
そこまでははあ? と思いつつまず聞けた部分だ。問題は続きだ。
『組織はその由来となる、更に大きなある一家の――監視と補助的な役割を担っているのだけれど、そこで問題が起きたのね。九代目当主は老齢で、お定まりだけど、適正な後継者がいないの。お父様とその当主は遠い血のつながりがあるのよ』
『じゃあ、父さんが、その…』
『いいえ』
ベッド脇の椅子に腰掛けているが、気分の悪さはとまらない。
堪えきれずに寄りかかると、近い場所ですうすうと寝息が聞こえた。
こうしてるのが信じられない。いつもなら夕食後だらだらとテレビをながめて、大学であったことを話したりしてるのに。
そうなのだ、彼、も。
『名が挙がっているのは貴方。お父様は今の立場上権利を放棄している。貴方は初代当主直系の子孫で、現在の候補では一番有力とされているわ。だから狙われるの』
『ちょっと待ってください。俺は何も知りませんよ!』
「はあ…」
お話によると、そういう主張が通じる連中じゃないそうだ。
それに、かなり曖昧に言葉を濁してあったけど、その組織だの、一家だのって、どう考えても普通の家じゃない。普通の後継者問題で命を狙う話とか出てこない。そんなの推理物ドラマの中だけじゃないのか。第二の衝撃。そして決定打。
2012.6.7 up
05.
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