C.P
元気かと訪ねた先でやけに熱心に手を握られた、元相棒の端正な顔を思いだし綱吉は微妙な顔をした。プライベートでの彼はただ気の弱い青年で―――あのよれたネクタイ、コート、靴底のすり減った革靴を履くまで傑出した能力が発揮される事はない。
完全に、コスチュームに依存している。綱吉は自覚があった。それもこれも、綱吉に仕事のイロハを教えてくれたスーパーエリートな先輩刑事がそういうタイプだったからだ。黒帽子、黒スーツ、ホルスターに支給品でない愛銃を吊って颯爽と歩く映画俳優のような男。
因果な修業時代を思いだし、綱吉の顔は微妙から曖昧に歪んだ。出世街道まっしぐらなあの男はさっさとこのシティを出、ここ五年は姿を見ていない。実は綱吉にも再三ついてこいとの要請が来ていたが全て無視した。彼はこの中くらいの街が心地よいのだ。
それに、先輩はヤバイ。
いや先生。
その男は何事も形から入るタイプで、綱吉にも先輩ではなく名前でもなく先生と呼べ、と強要した。おかげで未だに反射で先生と言ってしまい、事情を知らない同僚には怪訝な顔を―――知っている同僚には温かい笑いを向けられてしまう。
その先生様は、綱吉に色々な事を教えていってくださった。
そりゃもう、ありとあらゆる色々を。
その色々の中には部下の異常を敏感に察知する方法というのも入っていた。
その判断に基づくと、さっきの元相棒の反応はあまり芳しくない。というか、殆ど悪いと言って良い。『てめえは無駄にヤロウを引き寄せる、せいぜい巻き込まれないよう気をつけな』などとありがたいアドバイスを、厚い面の皮をひっさげて仰って下さった先生様の教えに従い、綱吉は可及的速やかに元相棒の住処を後にしたのだ。
休日に車を使う事はない。買い物の重い袋をえっちらおっちら担いで歩いていると、黒塗りのセダンが横に並んだ。
後ろの窓が開く。
「何してる」
「………あ」
ここでいつもの仕事着なら、「見りゃ分かるだろ買い物だ。荷物に殺されそうだ手伝って」ぐらい言えるのだが、生憎私服である。
上手く頭が追いつかず、綱吉はああ、だのううだのと口ごもり、その場に立ち往生だ。
「おい」
現在の相棒はドアを開け、中へ招き入れてくれた訳で、お言葉に甘え荷物を後部座席に下ろすと、綱吉はちょこんと座った。前を伺えば相棒と同じ匂いのする強面がハンドルを握り、バックミラー越しに興味津々の視線を寄越している。
「あ、あー」
「あ?」
「ありがと………」
まるで恥じらう十代の少女のように、綱吉は視線を逸らして礼を言った。隣ではザンザスが、あの、どんな事態にも眉一つ動かさず、動くのは暴力を振るう時だけというかわいげのない部下があんぐりと口を開けて呆然としているのが見えた。
「や、おはよう」
「………おう」
あの居心地の悪い空間を抜け翌日。
まだ強張った顔をしている相棒に、綱吉はいつも通り曖昧な笑みを向けた。言い訳というか説明は山ほどあるが、シンプルイズベスト。
「昨日はびっくりした?」
「別に………」
「ごめんよ。俺、この格好じゃないとどうにもねえ。心構えの問題かもね。それじゃお仕事しましょう」
一応従順に、のしのし後ろから着いてくる後輩を気配だけで確認しつつ、綱吉は増えた仕事を頭の中で繰り返す。
仕事。
明らかにカタギじゃない部下の素性を詳しくリサーチ。それが不可。もっと鋭く突っ込みたい。昨日の男はお前のパシリか?会社で言えば平の公務員が黒塗り高級車の後ろに乗ってふんぞり返ってるその説明は?
「署長に聞いたら早いかも」
「は?」
「いやこっちの話」
2006.8.1 up
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