10.10

 

 お届け物ですと渡された、巨大な白い箱を持って立ち往生している後輩。
 綱吉は哀れに思って声をかけた。
「待て待て待て、捨てることはないだろう」
「……」
 哀れなのは箱の方だ。盛大にリボンをかけられたきらびやかなその箱は今にもダストボックスにつっこまれそうだったのだ。
「ちょっと待て、これ…あのリストランテ・ラッジョの誕生日ケーキじゃないか?」
 リストランテ・ラッジョは、その道ではかなり有名な高級レストランだ。
 営業内容はコース予約のみ。有名な菓子職人も在籍しているが、スイーツ単品のお持ち帰りなどというお手軽なサービスは存在しない。
 つまり、特別なコネが無い限りラッジョの誕生日ケーキなど手に入らないのだ。
 にも関わらず流行に疎い綱吉でも知っているのは、有名人御用達の店と称して広くテレビや雑誌で紹介されている故だ。全甘いもの好きの垂涎の品である。
 遠慮なくぱかっと思い切りよく蓋を開けた綱吉は大げさでない歓声を上げた。
「これなんて書いてあるんだ」
「捨てろ」
「何言ってんだ、勿体ない……お父さんから? なるほど」
「捨てろ!」
「お前要らないのか。要らないんだな。捨てるならくれよ」
 綱吉は伸びてくる腕をヒョイヒョイかいくぐり、部屋を出て行く。
 女性署員が大勢いるフロアに着くと、箱書きとケーキを見た皆から歓声が上がった。甲高い上、殆ど悲鳴である。大騒ぎになった。
「誰かナイフ持ってない?」
 綱吉は手近な机にケーキを広げ、大きなそれを手際よく切り分けて行く。
 いつの間にやら建物中の女性が集まってきて、大変な人だかりである。
「皆さんお皿か、代わりになるものある?」
 さすが女性は用意がよく、どういう用途かしれないが皆手頃な皿を手に持っていた。その上に次々ケーキを取り分けていく綱吉に熱い視線が集まっている。
「ツナヨシ」
 ありがとうだのすごいだのどうしたのだの、たくさんの言葉に囲まれて笑えば、背後から重厚かつ迫力ある気配が漂ってきた。
「あ、みなさん」
 全員が注目する中、綱吉は笑顔で背後に立つザンザスの肩をポンと叩いて言ったのだった。
「ケーキは彼からの差し入れです。よければ仲良くしてやってね」



「何が仲良くだ」
 一瞬シーンと張り詰めた空気が漂ったが、流石スイーツの力はすごい。
 女性署員全員がニッコリと、輝く笑顔で後輩に向かい「ありがとう!」の大合唱。綱吉は満足そうに残ったクリームを舐めていた。
 唖然とするザンザスの周りにわらわらと群がり、「すごいわ、ラッジョのケーキなんて!」「食事したことある?」「貴方は食べないの? 甘いものは苦手かしら」とおしゃべりしていた皆、ケーキを片付けるとサクサク仕事に戻っていった。
 優秀だ。
 始終振り回された後輩の形相はものすごいことになっているが、綱吉は慣れていた。どうせ食べないなら、喜ぶ人にあげた方がケーキも浮かばれるだろう。
「なんで? 同じ職場なら仲良くするに越したこと無いし」
「てめえ…」
「食べないのか?なくなっちゃうぞ」
「フン」

 誰が食うか、みたいな反応だったので。

「いやほんとに美味いなコレ。ご馳走様でした」
 指についた最後のひとかけを片付けようとした時、ぐいと手首をひねられた。
 指先が生ぬるい感触に包まれる。最後にぺろりと舌が爪の縁を撫で、離れた。一瞬目線が合い、向こうからわざとらしく逸らす。

「…美味いだろ?」
「甘いモンは好かねぇ」
 痛くはない。驚いただけで。


2007.10.11 up


next

文章top