10.13
ケーキでカロリーを摂取した分は働く、と冗談交じりに言っていたが本気だったらしい。
事務処理からパトロールまで実に精力的にこなした署員達は、定時に仕事を上げて意気揚々と帰って行った。明日非番の者は軽やかにステップを踏みながら出て行った。
優秀な彼女達に比べ、自分は日付が変わるまで机に齧り付いている。捜し物が見つからず資料室に詰めて半日だ。
(誕生日ね…)
実は、数日後に自分の誕生日も控えていた。と言ってもこの歳では祝われるのも照れくさい。
両親や友人からバースデーカードが届くのがせいぜいだ。
誕生パーティーなど久しく縁がなく……
(でもないか)
「…ふーっ」
一瞬で蘇ってきた記憶。自分のそれより、鮮烈に。
「あ……もう明後日か」
最後の誕生パーティー。
正確には、他人の。
大勢の見知らぬ客、次々引き合わされ紹介されては、笑え、笑えと呪文のように耳元で繰り返された。
意味ありげな視線。隠語のやりとり。
およそこんな場所には似つかわしくない、体全部に"上等"と印がついているような身なりのよい男達。何か違う意味での集まりだと気付くまでそう時間はかからなかった。
座ってもいいですかと伺えば、笑顔のまま冷たく「駄目だ」の答えが返ってくる。
「座ったら最後、目をつけられてありとあらゆる情報を搾り取られるぞ」
「一体何…これは…誕生パーティーじゃないんですか?」
「誕生祝いで間違いない。若干打ち合わせも兼ねているが」
その兼ねている部分が殆どじゃないのか。
「お前は黙って笑ってろ。一応はオレの優秀な部下で紹介してやってるんだ」
「思いっきり嘘じゃないですか」
「そうか?」
誰の家かは知らないが、綱吉には到底縁のない高級住宅地で、庭にテーブルまで設置し料理人まで呼んで、盛大なパーティーだ。
カクテルまで振る舞われている。
「そうか…って。あなたね」
「お前が思うならそうかもな」
一瞬だけ振り返って見せた柔らかい笑みは普段、傲慢で自分勝手に後輩を――生徒を、働かせる男とは別人のようだ。
常日頃グズだ役立たずだと言う割に、不意打ちでこんな顔も見せる。
こういう時は、危ない。
落ち着かない気分で目線を逸らし、通りすがりにグラスを取る。
中身は黄金色の炭酸で、庶民の綱吉にはとんと馴染みがない高級な酒だ。
「まあ、大体お前の想像通り表向きはオレの誕生日だが、中身の方は根回しだ。せいぜい愛想振りまいておけよ」
「俺には関係ないですから」
「いいや」
料理はすべて出来たてにこだわっているらしい。料理人が派手な演出で観客を沸かせている。
(そっちがいいな……俺)
逃げられないようがっちり掴まれているので動けない。
不思議なのは、この男女連れだらけの場で男二人が一緒にいる異様さが全然まったく浮き上がっていない事だろう。腕を密着させ、うろうろ動き回っているのに視線が此方を向かない。そういう歩き方だとか説明を受けたが、よくわからなかった。
「逃がすつもりはないからな」
「お役に立ちませんよ」
「このオレでも、お前が居るか居ないか分からなくなるんだぜ。貴重な能力だろうが」
「それ、遠回しに俺は存在感が無いって貶してますよね…」
「とんでもない。それを生かして働けと励ましてるんだ」
「嫌です」
潜入捜査など、綱吉がもっとも嫌いなタイプの仕事だ。
この男と付き合わされるようになってから数度経験したが、いつでも胃がギュッと絞られるようなあの緊張感は…仕事が嫌いになりそうだった。
「強情だな」
「なんと言われようと、それだけはお断りします」
「ツナ」
声色を変えて囁く、その思うところが何処にあるか分かってから。
綱吉は拒否し続けてきた。そんなもので騙されたりしない。もう触れないで欲しい。振り回されるのも御免だ。
「主役が消えちゃまずいでしょう……俺の事は気にせずに、楽しんできてください。これ」
プレゼントを選ぶのも悩んだ。こういうのは本当に向いてない。
無地の紙袋に無造作につっこまれた品物は、送り主の人間性を如実に表している。自分は朴訥というより単にセンスがないだけで、面倒臭いと感じてしまう。
(俺は貴方の隣に立つべき人間じゃない)
もっと優秀な奴は掃いて捨てるほど居る。何もこんなやる気のない、しかも男を捕まえて餌を与える必要は無い筈だ。
「それじゃ」
「待て」
言葉とは裏腹に、掴んだ腕をぐいぐい引いて男が向かった先は道に寄せてある綱吉の車だった。
中古キャデラックは、連なって止められた高級車の群れの中で一際目立っていた。輝きがまるで足りないのだ。サンドペーパーをかけたようにくすんでいる。
「は? あ、ちょっと」
呆然とする綱吉を助手席に放り込むと、男は意気揚々と運転席に嫌みなほど長い足をつっこむ。シートをぐーっと後ろに下げて、バックミラーを調節した後勢いよくエンジンをふかした。
中古だから、あんまりやるとぶっ壊れると心配する持ち主を余所に――縦列からするりと抜け出して走り出してしまう。
「ちょっと、あんた、自分のお祝いでしょうが?! 何出ちゃってるんですか!!」
「何って」
信号待ちで振り向いたその顔は、気味が悪い程全開の笑顔だった。
……嫌な予感がする。
「お前の希望通りだろう。文句あるのか」
「はあ?」
「『二人きりで誕生日をお祝いしたいです』っていう、つまりそういう事だよな?」
「はあああああ!?」
どこをどう解釈したらそうなるのか分からない。
引きつった顔でいる綱吉に、思いがけぬ言葉が返ってきた。
「十二時過ぎたらお前の誕生日だしな。ああいう場は苦手だろう?」
「…っ」
結局は――相手が自分より一枚も二枚も上手である事を思い知らされただけで。
ささやかなプライベートにまで踏み込んで、逃げられない所まで追い詰める。
この男のやり方なのだろうか。
それって凄く卑怯じゃないか、先生。
2007.10.12 up
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