C.P

 

「先生って誰だ」
「………………」
顔を合わせれば最近そればかりの後輩を、綱吉は持て余していた。
自分のミスで疑いを持たれるような事になったのだから自業自得だが、だからといってハイ実はと白状するような軽い事でもなく。
万が一バレて広まったら偏見により同僚にハブにされるとか、今まで俺はノーマルだと言って断ってきた数々に詰め寄られて騒ぎになるとか、それ以上に。
(先生に殺されるな…)
オレの知らない所でとガミガミ怒られるに違いない。
いや、ガミガミで済めばいい。
一番怖いのは「だから言っただろう。お前一人でやるなんて土台無理な話なんだよ」とバカにされ、連れて行かれる事なのだ。
そんな事になったら最後あの男の元で奴隷のように扱き使われて過ごすわけで………今の気楽な生活ともオサラバしてしまう。そりゃ、仕事のイロハを教えて貰った恩人だから感謝の気持ちだってある………けれどもそれ以上に、振り回された4年間を考えれば全力で逃げてしまう。
誰だって。
綱吉はくるりと後を振り向くと、ため息と共に指を突きだした。
「お前には本当に悪い事をしたが、それとこれとはまた別の問題だ。人のプライベートに余計な首を突っ込むんじゃない。犬にでも噛まれたと思ってこの件は忘れてくれ」
「随分濃厚な犬だった」
「………」
ばつの悪さと恥ずかしさで目の縁を赤くした綱吉に、生意気な後輩はにやりと邪悪な笑みを浮かべて見せた。
「お前がそのつもりなら、オレは勝手にやる」
「えっ………ちょ、ちょっと!………はあ」
ため息混じりに余計な事は言うんじゃないぞと続けた綱吉の余裕面を、ザンザスは面白くも無さそうに一瞥して行った。





「先生って誰だ」
「あ?」
4人目だった。
署でも古株の刑事に詰め寄ると、ぽかんと口を開けて囓りかけていた昼食を口の中から取り出し(その醜い眺めにザンザスはうんざりしたが、黙っていた)パチクリ。瞬き。
「何いきなり?あ、君、サワダの。あー」
「あーじゃねえよさっさと吐け」
先輩は綱吉だけではない。にも関わらず、ザンザスの態度は最悪だった。
しかし人の良い年長の刑事はにこにこして向かいの椅子を勧めた後、生意気な後輩にも自分のランチを分け与えた。
「………」
卵とペッパーをまぶしたハムとレタスを挟んだベーグル。
とりあえず礼儀として一口食う。
意外と、美味かった。
「うちの奥さん手製のベーグルでね、家で焼くんだよ。僕が休日少しずつ作ったオーブンで………」
「で?」
「うん、サワダの先生だろう?僕らの間ではほぼ伝説の人物だね」
ビールと飽食でたるみだした腹をつまみながら、刑事は淡々と続けた。
「サワダも腕利きだけど、その先生は更にパーフェクトな人だった。僕が入って2ヶ月で移動になったからさ、あんまり良くは知らないんだけど。ホシ上げも実戦もまるで………神がかったみたいな天才肌で。でもそういう人ってほらどっか、違うだろう。サワダが来るまでは部下使い潰してたらしいんだけど」
ぱくり。
合間に弁当を食うせいで、話が進まない。イライラと睨み付けてものんびりしている。
「………ん。サワダとはウマが合ったのかな………最初は罵声の嵐だったけど、そのうちゴールデンコンビって言われるようになったもんねー。裏も表も顔が広くて、実質未解決事件はゼロ」
「実質………?」
「ここだけの話なんだけど」
声のトーンがスッと落ちた。
「法的にどうこう出来ない奴らがいるだろう。治外法権とか、権力者とか。そういう奴らもビビって出頭してくるんだよ。じゃないと始末されるから。恐らく彼に」
それではまるで―――…
「殺し屋じゃねえか」
「警察に居るのは便宜上で、本当は政府直結の裏機関の設立を待ってたらしいんだな。で、準備が出来たから中央移動?刑事は準備運動って事さ。推測だけど、正しいと思うよ。その証拠に」
ついと指さされた壁際に歴代の署員の写真がある。
色あせた物、つい先日撮ったもの、色々だ。
「彼の写真は一枚もない。注意してたんだろ、そういう人間は足跡を残さない」





情報は媒体含め古くなり朽ちる。
漏らさないよう常に足を使えとの教えに従って地方紙のバックナンバーを漁っていた綱吉は、資料室でけたたましく鳴ったベルに慌てた。
睨み付ける女性署員にすみませんすみませんと謝りながら急いで外に出ると、非通知で2度、途切れて3度、続いて4度コールが鳴った。
今でも、番号は時々変えている。捕まえられたら終わりだと、平手でひっぱたいた後に優しく撫でる指の感触を思い出す。
「………はい」
「なんだその気の抜けた返事は」
思わずびくりと背を緊張させながら、綱吉は辺りを見回した。携帯電話は常に盗聴の危険があるのだ。
署内でも安心は出来ない。身内こそ疑えと―――これも教え。
「ちっとも連絡して来ねぇしよ。くたばったか?」
「生憎と。しぶといもので」
「ツナ」
背筋をぞくりと駆け上がる感覚に、舌打ちしたい気分を飲み込んで、見えもしないのに頷く。
いや、どこかで見ているかもしれない。昔から得体の知れない人なのだ。
「何をグズグズしてやがる。さっさとこっちへ来い」
「それが………」
「今は………ああ、なんだこりゃ冗談か?マフィアのドンの直系筋で挙げ句前職歴が暗殺団首領、そんなものが政府の犬になる時代かよ。人材不足にも程があるぜ」
「見所は、ありますよ」
バタンと物音がした。制止する女性署員を押しのけて真っ直ぐ向かってくる"可愛い後輩"がいた。顔つきが険しい(元から険しいが、更に険しいということ)ので直ぐに不機嫌が分かる。
「今躾てる最中です。使えるかどうかは半々ってとこですが、ね。獄寺の様子はどうですか?先生の事だから怪我人でも容赦なく使うでしょう」
「まあな。それじゃ、待ってるぜ」
受話器越しに寄越されたキスを意識の上で丁寧に余所へ避けながら、綱吉は疲れた笑みを浮かべて待った。

ドカドカ踏み込んできたその勢いで綱吉の携帯を掴んだザンザスは、通話履歴が綺麗に削除されているのを見て舌打ちした。
「今のは」
「お前のその驚異的な勘ったら。何処か有効利用できそうだよなぁ………」


2006.8.26 up


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