C.P

 

成り行き(口からでまかせともいう)で「見所がある」なんて言ってしまった訳だが、本当の所は絶望的だと思っている。
無論向こうも馴染むつもりは毛頭ないだろうし、どうやら他に何か目的があるらしい。そりゃそうだろう、前職は合っていたようだ、入ってくる金も何も比べ物にならない。
ただ、思った以上に我慢強い―――仕事には―――タチらしく、幾らくだらない、つまらない仕事をさせても最近はそれなりにこなすという事を覚え、きっちり足並みを揃えてくる所が嫌味である。
今だって。
面倒くせぇだの退屈だの言いながら、ローテーションで回ってきた張り込み番をこなしている。カーテンを下げ、薄暗い部屋で向かいのいかがわしい店を見張るこのもの悲しさは経験した者にしか分からないが、どうやらそれも乗り越えてしまったようだ。
相変わらず良く分からない奴だ………
「入ったのは昨日の夕方からだろ?」
「怯えてるんだよ」
司法の手、仲間の制裁、逃れる術は無いからせめて引き延ばす。
ありがちな逃避手段だが、有効ではない。綱吉が見るところによると、警察だけでなく組織の者も張り込んでいるようなのだ。
「交代するか」
「まだいい」
仮眠をとってスッキリした所で交代を申し出たが、断られてしまった。
仕事の概要を理解するなり、今度はのめりこむように傾倒する。元々集中型なのだろう、あまり優秀でも後で色々と困る事になるのだが………
ぼつぼつパソコンを立ち上げて作業を始めた綱吉は、退屈さ故に遊び始めた思考に振り回された。最近はいつもこうだ、例の人物に関する記憶は出来るなら絶対誰にも開けられない、ミサイルでも壊せない箱に詰めて更にその箱を木箱に詰めて、釘を四方八方から打ちつけ深い海の底へ沈めてしまいたい。あの時の自分はおかしくなっていたのだから。
「ふーっ…」
ため息ばかり出る。
資料室での攻防を終えた綱吉へ、珍しく二度目にかかってきたコールはあからさまにザンザスの存在を揶揄し、挑発したもので、恐ろしい無表情で携帯電話を奪ってしまった彼の目の前でぶつりとその存在を切った。非通知だし。
誰か絶対にチクった奴がいるに違いない、でなけりゃおかしいと推測する綱吉の脳裏にはあの食えない署長ののほほんとした笑顔が浮かんでおり、あの男が未だに絶大な権力を握っている事を意味し、恐らくそれはこの国へどんどん拡大していく類の………
「おかしな奴らがいるな」
「あ、お前もそう思う?」
綱吉は立ち上がり、窓枠へ両手をついて覗き込んだ。
少し身をずらしただけで、全然退く気のない後輩の偉そうな顔を睨み付けながら、ぱっぱと手で払う。
「そら、退け。寝てろガキ」
「どっちが」
にやりと笑う、「邪悪」としか形容できない笑みは最近見せるようになった。
もっともこれは綱吉にしか見せず、他の者には相変わらずの仏頂面なのだが。
「いざ出てきたとき、確保に繰り出せないぞ」
「テメェに心配されるほどヤワに出来てねぇよ」
「生意気な………」
相手にしたら駄目だと分かっていても、ぐっと詰まる。体力の無さは散々言われた事なので未だに少しコンプレックスなのだ。
「あ」
「え?」
カーテン越しの外の景色は一変していた。先程まで一般客の姿も見られていたのが、今は強面の用心棒に追い返されている。
裏口をはっている刑事から、子飼いの奴らが手当たり次第どんどん入っていくと報告が来た。
「多分籠城するつもりだな。取引一つにも値切るような奴が、部下呼んでパーティーもしないだろう」
「はっ………」
思いきりバカにしたように視線をぐるりと逸らせる。
「なんだ」
「どいつもこいつもやる事が同じで退屈してくる」
「悪党だからなー。逆に分かり易いから俺達は助かるし………おい」
目立たないよう小さな窓を使っている。二人で外を覗き込むには少々狭い。
耳元でボソボソやられて、綱吉はやんわりと腕で押し返す。
「ンだよ」
「近い近い」
情けない話なので絶対教えようとは思わないが、綱吉は耳の辺りが弱い。
不意打ちでつつかれたり息を吹きかけられたりすると飛び上がる類の人間だった。
「ふん…」
椅子ごと、ほんの少し後にずらして。
引くと見せかけて微妙に腰の退けた体を掴むと、ザンザスは乱暴に椅子の背に凭れた。
「わあっ?!」
「近いと何か不都合でもあるのか?」

ああ、またか―――脱力する気持ちを抑え綱吉は窓枠に凭れた。出来るだけ離れていたい。
あのうっかりした接触以来、こういうあからさまな挑発が綱吉の悩みの種である。遊んでいるような些細な挑発も、積み重ねられると結構重い。
しかし後輩のそれは偏見や軽蔑といったものとは少し違うようだ。ならわざわざ体を張る意味は無いだろうし、ただの興味本位かもしれない。
若いって事は何事にも興味がある時代だからな、と年寄りのような思考で綱吉は振り返りかけ、固まった。
「あの………ちょっとホントに」
首筋の辺りに柔らかい感触が触れている。前から喉元に絡む指が耳の後まで伸びてゆるゆると行き来する。更に。
「駄目か」
低い声が吹き込まれると、ヘナヘナと力が抜けた………これも、後遺症かもしれない、あの男の。
(うっ…)
唐突に気付いた綱吉はぎくりとした。そうだ。
あの男の声と、生意気な後輩の声は少し似ている、と思う。感じは違うが音域が大体同じなのだ。あの男のものはもっと艶やかで、ザンザスのそれは少し掠れてドスがきいている。道理でおかしな気分になるのだと納得する。

自覚すると、症状はまるで酷くなった。
心臓がおかしな具合に動き出す。じり、と体の奥に点いた火が消えず、置き火のようにくすぶり続ける。
喉が渇く。
眩暈がする。

「なあ」
絶妙のタイミングで囁かれて綱吉は身を竦めた。あからさまな反応に何が楽しいのか、くつくつと笑って生暖かい感触が首筋を這う。
「だ、駄目に決まってるだろ!ほんとに、シャレにならんっつーか」
ヤバイ。
冷や汗が滲む。もし此処で引いてくれないと………
必死で願う気持ちを嘲笑うかのように指が襟ぐりから胸元に潜り、ボタンを二つ、外した。もう一方がベルトを外して腰の下辺りに潜る。
「あっ………あのな、本当に、ヤバイんだ」
息が既に荒い。目を閉じて耐えようとする綱吉は更に酷く追いつめられて唸った。
「止め………ないと、困る…」
「なんで」
けろりと問い返す稚気にうんざりしながら、消え入りそうな声でもそもそと返す。
「お前な、見当はついてるんだろ………ちょっ、こら、触るなっ」
縋るように見た窓の外は完全な膠着状態だ。
仕事と言って、逃げれない。内股にまで入り込んできた手のひらの感触。
外れそうなタガを自覚する。
「や………あっ……変なスイッチ入るからっ………」
「面白ぇな」
「面白くないっ!全然、どこも面白くないぞ…っ!」
「入れてみろよ」
「………ん!」
全身をまさぐられてふつりと理性の糸が切れた。
既に、後で意地悪く笑っているのは後輩などではない。


2006.8.27 up


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