悪魔を転ばせる男

 

部屋自体はそう広くない。中央にやぶれかけのソファーがあり、テーブルには空の瓶と数枚皿が重ねられていて、あとはがらんとしている。
騙されたのかと振り向くと、扉は閉まり鍵がかかっていた。ガタガタと揺らす、開かない。
「おい!」
バツン、と唐突な音がして照明が落ちる。
真っ暗だ。

「死にに来たのか?」
太い腕が首に絡む。まだ痛みの残るそこを容赦なく締め上げてくる。
「折角無傷で逃がしてやったのに、テメエから来るってのは」
「無傷じゃなかったぞ………!」
「うるせぇ」
床にたたきつけられる。
これでは、話をする暇もない。足で踏みつけられながら必死に這って、壁際に身を寄せた。暗すぎて見えない。
「待て、俺はぁあっ?!」
肩を蹴り付けられて、痛みに気が遠くなる。容赦のない暴力に晒され、意識事態が許否している。
「話を聞きに、来ただけだっ……」
「話?」
「だからっ……ぐっ…」
痛い。
殴られて吹っ飛んだ頭が多分テーブルの淵にあたる。
瓶を倒し、床に落ちて割れる音が響いた。
「やめろっ」
本気でヤバい人種だな―――
手っ取り早く用件を済ませなければ、本当に殺されてしまうだろう。
「あの男を殺す前っ………いや、殺した後にでも、何か持っていかなかったか」
「………」
「棚の埃が、そこだけ無かった。多分、写真立てか何かっ………つ!」
何かされた訳ではない。
割れた瓶の破片で手を切ってしまったのだ。反射で押さえて言葉が途切れると、近づく気配がした。
咄嗟に頭を庇う格好をする。
相手は、言葉も、動き一つ無い。
「………手がかりになるようなものならなんでも、探している。被害者達もまだ全部は発見できていない」
「………」
「何故だ?………いや、そんなことはどうでもいい、けど、何か知っていたら教えて欲しい。そう思って……」
「誰がチクりやがった?」
吹っ飛ばされた。
転がってゼイゼイする顎の先に、硬い靴先がコツンとあたる。
このまま体重を下ろされたら、脆い喉元の骨はひとたまりもないだろう。
「俺達の事」
「い………言えない」
「あぁ?」
「頼むっ………俺も、他に何も聞かないからっ………」
「知るかよ」
「うぐぅっ…!」
ぎりぎりと重さと力が加えられていく。
必死に手で押さえ、避けようとするがビクともしない。
しかし呼吸すら危うくなってきたところで、唐突に重さは失せた。

「…あの男に、もう家族は残っていない」
「………」
「俺の想像が違ってるなら言ってくれ。多分、彼と家族の写真だったのじゃないか………?」
マフィアの仕返しは、一族郎党に及ぶ。
手がかりとなるようなものは、他に何もなかった。
「手がかりが欲しい、っつったな」
最初から、うそは付けないと感じていた。
「確かに、お前が望むモンは写ってた―――と思うぜ」
「本当?!」
見せて、くれるのか。
期待と共に顔を上げるが、真っ暗闇で何も見えない。かろうじて相手の輪郭と、気配を探れるだけだ。
「それを見せてくれれば、すぐ退散するよ。以後関わることも無いだろう」

沈黙。

「頼む。人命がかかってる」

沈黙。

「まだ、子供なんだ…」

靴底から検出されたのは腐葉土と、森林の地面でしか生息しない虫の卵の外殻………恐らくその場所が郊外、という事までは判明している。しかし山に囲まれてるこの都市では、それ以上の特定が出来ない。捜査範囲は膨大だった。

だからこんな事をしている間に、足で虱潰しに探す方が良いのではと―――考える瞬間もあるのだが、便利だが時に厄介な勘が指し示しているのは彼だった。暗闇に慣れてきた目にも更に暗く映る大きな影。威圧的な口調。

不意に頭の後ろを掴まれてはっとした。いつのまに。腕を回すという仕草一つにも察される事のない様な、そんな動き方をする人間は絶対にまともじゃない。
予感通り。
後ろ髪を掴み、ぐいと引いて仰け反らせられ、男が無理矢理頭を押さえつけて冷たく言う。
「刑事だとか言ったな」
「正確には………違う………」
「仲間だろ?気に食わねェ。このまま帰すのもシャクだ。ガキどもなんざ知ったこっちゃねえしな」
床に頭を押しつけられたまま、男が座る気配がする。
嫌な予感は頂点だ。こういう展開が一度や二度ではない人生で、思いつかないならただの阿呆だろう。何故だ。そういう汁でも出てんのか俺は………ほぼ諦めに近い感じでだらりと体の力を抜く。今までのように、都合良く助けが来るとか外で待機していたお仲間が突入してくれるとかは考えない方がいい。皆仕事をしているのだ。なら自分も仕事をするべきなのだろう。
「しゃぶれよ、犬」
いや。
いやいやいや。そういう諦めの良さは要らないだろうこの際だってこのまま行くと俺は―――ああ、正直に言います。俺だって、ガキどもなんて自分に比べりゃ全然大事じゃない。逃げられるものなら今すぐ失礼しましたと逃げたいし、自己犠牲の精神など母親の腹の中に置いてきてしまっている。自分第一、仕事をするのも、きれい事言うのも全部自分が嫌な目に遭いたくないから牽制でやってるわけで。実際、こんな目に遭うと俺は卑怯なまでに事態を回避したがり、甘んじて受けるマゾ奴隷精神は生憎持ってない。
でも多分許さないんだろう。
仕方なく顎を上げる。どうせ暗いから見えないだろうと思って思いきり顔を顰めていたら、笑われた。きっと相手は異常に夜目が利くのだろう。なら隙をついて逃げ出すなんて芸当は不可能だ。
男が前をくつろげる。何度見ても(そう何度もある訳じゃないけど地下鉄の中、捜査中同僚に、教師、近所のお兄さんおじさん通りすがりの変態野郎………とくればやっぱり多すぎないだろうか、俺の人生)グロくてオエッとなる代物が、今は暗いせいでよく見えない。幸いなのか?違うだろう。とにかく口を開けないと始まらない。
以前変態教師に拘束され無理矢理突っ込まれた事はあったが、自分から進んでくわえるのは初めてだ。それにクラスメイトの父兄が偶然通りかかって助けてくれる奇跡は無いし。あの時から忘れよう忘れようと務めてきた感触が口いっぱいに広がり、慌てて顎を引く。最初から飛ばしすぎだ。
ちゅぷ、と音をたてて先端を含む。嫌だ嫌だと思っているから舌の動きは最小限で、じれったさに男が後ろ髪を引っ張る。痛い。
「あのなあ」
ぐっ。喉奥まで一気に突っ込まれるディープスロート。呼吸困難に陥り、夢中でばしばしと太股を叩くが男はびくともしない。そのまま激しく前後に掴んだ頭を揺らして偉そうに「噛んだら殺す」と言い放つ。していることは外道だが殺気は本物、思わず抵抗が止まったその時辛い拷問も終わった。
「時間無ぇだろーが。子供?助けてやりたいんだろ………」
「う、」
返事ともつかぬ呻きを上げて、今度は少し深くくわえこむ。恥、嫌悪、俺は男だと内面から疼く叫びその他諸々を投げ捨てて頭を前後に揺らし、鈴口に舌を這わせる。吸うのは嫌だ、飲むのはもっと嫌だ。だらだら涎とナニかが混じった液体が顎から滴り落ち、シャツの前を濡らした。

男がじっと顔を見ている気配がする。此方は伺うだけで精一杯で、顔を直視する勇気はない。したら最後、男は容赦なく殺すだろう。頬の横で揺れているベルトのバックルが、頭を揺らす度カチャ、カチャ、鳴り続ける。生臭い。上唇にごわつく毛の感触が触れて、唐突に吐き気がした。
「ぐっ…!」
限界を感じた瞬間、ずるりと出ていったモノの先端が頬に触れた。反射で目を閉じると生暖かい精液が勢い良く吐き出される。びちゃびちゃと濡れた音をさせながらの顔射、更に先っぽがぬるぬるとそれを鼻やら、口元やらに塗りたくる。この変態。


2006.6.16 up


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