悪魔を転ばせる男

 

無言で口を離す。
満足のため息を吐き出す忌々しい相手を睨み付ける。
出来る抵抗は精々、これぐらいだ。
「これでいいか」
クッ、と笑う声がした。襟首を掴まれて軽々持ち上げられると、ますますもって無力感が募るから止めて欲しい。うん、ああ。不幸街道はまだ続くようで―――喉元まで出てくる吐き気とさっき少し飲んでしまったアレと台詞を寸前で止める。あんた、マトモじゃないだろうとは思ってたけどそっちは普通そうだったのにね………可哀想に………可哀想なの俺だけど。被害者は間違いなく俺なんだけど、長い目で見れば確実にあんたは可哀想だと思うぜ。
「勘弁してくれ………」
ソファーに投げ出された体勢は正に文句のつけようもないほど犬だったし、すっかり欲望丸出しになってしまった気配で嫌でも分かる。
俺自身はそんなことこれっぽっちも望んでないのに、そいつらは勝手に人の印象を自分の脳内で歪めて俺を淫乱な雌犬のように仕立て上げ、自慰にふけったり思い余って襲ったりする。こういうのを―――被害者体質っていうんだろうか。言わせて貰えるだろうか?
こいつは可哀想に、そういう場合と違う。元々は、何の感心も無かったと思う。殺気しか感じなかったし。
それがこんな真っ暗闇の密室で変態吸い寄せ体質の俺といたもんだから、血迷ったのだ見事なまでに。妻子持ちの同僚がトチ狂って愛を囁いた事件があったけど、アレと同じ。

変な気分になる。
急に直視できなくなる。
もうなにがなんでもヤリたくなる。

こういう症状が出たら速やかに俺の側を離れ、道を行くキレーなねーちゃんでも見ることをお勧めする。人生を踏み外したくない類の人間は。
そもそも、俺もそんな気はないのだから………
「良くは知らないけど、あんたイタリア人でしょ?つまり法王のお膝元で暮らす祝福された国民な訳よ―――更にマフィアって、もう完璧ヤバイって。ちょっと冷静になろう」
「あぁ?」
「今ならまだ引き返せる」
「うるせぇ。殺すぞ」
ああ………駄目だ………殺気すら薄い。
完全意識が肉欲に行ってる。殺す、って言葉すら妙に甘ったるい。無愛想かと思ったら、やっぱりしっかりイタリア人って事だろう。背筋がぞくっとした。
「いや本当に………っ!?」
ひやりとした空気が尻に触れた。事件中また体重が落ちたからウエストはガバガバで―――ベルトで無理矢理押さえてたので、ひっぱられるだけで簡単に剥ける。下着ごとズボンを下ろした後、男の手が肉に食い込んだ。
「ちっせえ尻だな」
「ひっ」
パアン、と派手な音が鳴る。クソ、マトモだと思ったのは間違いだ。打たれてひりひりする部分はきっと紅くなっているだろうし、そもそも尻だけ剥かれて犬みたいに這い蹲っている体勢では人としての威厳も危うい。
緊張する尻を避けて男の手が前に潜る。一瞬、触れて躊躇ったので引くかと思いきや(もしくは無かったことにして穴ばっか弄る。男って結局それだからな)奴は果敢にもサービスに挑戦してきた。
だけど今は余計なお世話。
「頼む………頼むから」
ジワジワと浸食する。弄られれば俺だって男だから、それは反応するのが当然だろう。
息も絶え絶えに情けなく懇願すると、相手はかえって火がついてしまったようで手の動きが激しくなる。アホか俺は。こういう時は黙って時が過ぎ去るのを待つのが一番だ。
ソファーの肘掛けにしがみつき、スーツの腕を噛む。声は出さない。反応もしない。
相手が退屈に根をあげるまで―――
「いい心がけじゃねえか。そうそう…黙ってた方がいいぜ」
男はものすごく自分に都合のいいように解釈し、ぐうぐう唸る俺の嫌がる意識を置いてきぼりにして出させた。無理矢理。
「少ね……」
仕事で疲れてるからだ。ばかやろう、大きなお世話。

願いも努力も虚しく男は尻穴に指を無造作に突っ込むと、遠慮もクソもなく無茶苦茶に動かした。それだって、舐めろって、乱暴に口に突っ込んできたやつでやたら悔しい思いをした。
「痛い…痛いってば………」
媚びるような声に呆然とする。媚びる、は言い過ぎかも知れない、阿る?
どっちにしろ体の中に他人が手を突っ込んでいる状況で怖くなかったら異常だ。怯えているのだ俺は。怖くて仕方がない。
互いに思い合う恋人同士だろうが合意の上での大人の関係だろうが、とにかく女ならこう言うだろう。初めてなの、だから優しくしてね。
とんでもない。
俺は男なのでそんなプライドを投げ捨てる行為は最後の最後まで取っておこう、と思う。男の世界は厳しいぞ、泣かないのが男、痛いのを我慢してこそ男、手術に麻酔をかけない完全なキチガ(ピー)が男らしいって言われるぐらい、厳しい。
今だって痛いと訴えただけで奴はバカにしたような笑いを浮かべ、全然全く容赦をしない。ぐりぐりと遠慮無く入り口と信じるそこを抉り(そこは出口だ、バカ)続け、濡らし、広げて覗き込もうとする。
「よし」
いやよくない。思わず心の中で言ってしまうが、相手はそんなことお構いなしだ。指で広げた其処にアレをあてがってぐっと腰を入れる。う、うあああ、裂ける!裂けるって!
口にしたときから(不本意ながら)分かっていたが、デカくて長くて同じ男としては羨ましいくらいだが、この場合それは非常に不適切だ。何しろ入れる所ではなく出す所に挿入しようとしているのだ無茶だ。無理だろう。
「ふぐぅ!」
服を噛んでいるせいでくぐもった声が出る。予想に反して尻に半分ほど突き刺さったそれは一度引き、また更に深く潜ってきた。ずずずと直腸を擦る動きに意識が遠のく。あー遂に入っちゃったーというバカみたいな感慨といたいいたいやめてひたすらいたいんだけど!っていう本能の叫び。
どっちかっていうと、本能が買ったのか。
でもそれって負けてないか………なんだか痛みのせいで意識は朦朧とし、思考が脈絡なくなっている。ぶつぶつ、ごつごつ、揺さぶられるたびに響く音も遠い。
ドッグスタイルでバコバコにやられながらスッと心地よい気絶、という闇に落ちていく。
落ちれる。
落ちたい。
落ちよう………

「はっ………ァ…」

………いやなんなのそのヤケに艶めかしい声は。
ぞわーっとして嫌な予感で反射で、振り向くと、奴は寸前で抜き出して派手に尻にぶっかけた。
うー、生ぬるくてぬるぬるする………





「写真」
尻を押さえてウンウン唸っていると、上からごつっと重いモノが降ってきた。
暗い部屋が一瞬で明るくなる。眩しさに目を眇めながらようやく見ることが出来たそれは、間違いなく欲しいものだった。
携帯を押す指が震える。呼び出し音が待てない。何しろとんだ時間のロスしてしまった。
「………あー、俺だけど。うん今ちょっと。それでね、場所が分かったっぽい。郊外に出来た別荘地―――湖があるところ。ああ多分不動産関係洗っても出てこないと思うこれ………窓目張りしてあるやつ探した方が早い多分」
あの男が家族と共に写っている、あの家ではたった一枚の写真。きっと夏休みの休暇だろう、釣り竿を持った父親らしい人物と、妹と、母親と―――なんでもない、楽しい休暇の一枚。笑顔で。
「俺も直ぐ行く。多分30分ぐらいで着く」

バタン、と扉が閉まる音。
一瞬だけ後ろ姿だけ見えた。黒髪、長身、黒いコートを羽織って消える、それだけを。
「いてて………」
扉に鍵がかかっていない事を祈りながら、ソファーに縋って立ち上がった。
コンクリートの床に散らばったガラスの破片、右手の血。残念ながらこれが現実。


2006.6.16 up


番外編

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