Duca

 

「すげー…」
 外見も城なら内部も城。
 西洋かぶれが高じてラブホもお城『風』にしちゃう日本人だが、内装についてはお粗末なものが多い。
 しかしここは壁も床もペラペラの建材ではなく、ちゃんと石で出来ている。そもそも質感が違う。
「広いなあ…」
 螺旋階段が正面に見える玄関ホールは立派なものだったが、何十年分もの埃が吹き溜まり、あちこちに壊れた家具が散らばっていた。
 ジャリ、と足下で音がする。
 窓ガラスは大方が割れていて、床に落ちた破片がキラキラと光を反射した。
 窓の多い通路部分は明るいものの、中に入ったら相当暗いのではなかろうか。
 適当にポケットに突っ込んできた小さな懐中電灯を、綱吉は頼りなく思った。
(もっといいやつ調達してくれば良かったな)
 埃だらけの壁にかかっているタペストリー、ぼろぼろの蝋燭が残ったままの燭台など、生活の痕跡はあるがどこか現実離れしている。
 そもそも広すぎる。
 本当に此処で人が生活していたのだろうか。
「…っくし!」
 漂う埃が鼻を擽る。
 何処に目をやっても古臭さが目立つ。
 何故かぶるりと震えがきて、予感を振り切るように依頼人から渡された手書きのメモを見る。目的の部屋は二階にあるのだ。
 暗いのが怖いなんてトシでもないが、綱吉は元々臆病な男である。それは成人した今も変わらず、ホラー映画は全般的に見れない。外灯のない暗い道は出来れば歩きたくない。
 それがこんなオバケが百匹はいそうな古い城に一人で居るのだから、自分でも無茶だと思う。
(事情話して父さん達とくれば良かった…かも)
 あの騒がしい連中となら、この場所も恐いものではあるまい。
 この不気味な景色さえあの破天荒な男は酒の肴にしてしまうに違いないのだ。
 なにしろ酒を呑んだ父はタチが悪い。
「…よし」
 父と酒瓶というイメージの組み合わせで、かえって覚悟が決まった。
 ダメ酔っぱらいオヤジのせいで数々の酷い目を見てきた綱吉は、その怒りをバネにずんずんと奥へ進む。
 褪せた絨毯を踏みしめて、絵がある筈の部屋に向かう。
「二階の…一番奥か」
 奥に進むほどに暗くなる。
 明かりの入るべき場所、窓が塞がれているせいだ。
 通路の突き当たり、本来なら西日が入るであろう大きな窓は頑丈な鉄の扉で閉ざされ、赤錆の浮いた留め具の状態から、ずっとそのままであっただろう事は予想出来た。
 目当ての部屋の扉はというと、此方は普通に木で出来ている。最も、ペラペラで安造りの木戸とは違い、分厚く、金枠がはめられた丈夫そうなドアだ。
 不気味さを堪え、意を決してノブに手を掛ける。
 ぐっと沈み込む感触。
 押すとガチッと鋭い音がした。鍵がかかっているのだ。
「……うん!」
 綱吉は慌てず騒がず、一つ唸って帰ろうとした。
 鍵がかかってて開かなかった、単純な理由。お役に立てずにすみませんと。
 くるりと後ろを向いた所で、預けられた鍵を思い出す。
(まさか…こっち?)
 年代物の扉を冷たい手のひらで抑え、古い鍵を差し込む。
 鍵穴に鍵は綺麗にはまり、カチリと音を立てて錠は開いた。
 緊張しながら扉を押すと、隙間から冷たい空気が顔に吹き付けてくる。
(あれ? なんで?)
 最後まで扉を開け放ってしまってからも、綱吉はすぐに動けなかった。
 火の気のない城は勿論、寒い。
 しかし他の空間よりも明らかにその部屋の空気は冷たく、冷えた鼻先がツンと痛んだ。
「寒うっ」
 懐中電灯の頼りない明かりが、部屋の中を朧気に照らす。
 閉め切られていた筈なのに、中の空気は澄んでいた――否、冷たさでそのように感じただけかもしれない。
 吐き出した息が白くなる。
 やはり気のせいではないのだ。
 どうしてこの部屋だけこうやたらに寒いのだと、周囲をぐるりと見回した綱吉の目にそれは飛び込んできた。


「う…わぁ…」


 何十年も放置されてきた筈なのに、その色は鮮やかだった。
 暗い色の額縁を選んだのは、中の絵の華やかさを際だたせる為だろう。
 素人の綱吉でも、一瞬のまれるような。
 一言で言えば――そう、
「分っかりやすいなぁ…」
 冷たい部屋の中で、熱くなった頬。手をあてて冷やす。
 絵の中から此方を見つめている青年は、美術品の善し悪しなど到底分からない綱吉にもはっきりと訴えかけてくるぐらいには美形だった。
 金色の髪と目をした異国の青年。
 六十年前、幼い少女だった依頼人の心に届かぬわけがない。
 写実的な画家のタッチも、その美貌に魅せられて率直に引き出されたものに違いない。
 たっぷり一分は呆けていた。
「成る程なあ」
 これなら、手元に置きたい気持ちも分かる…ような気がする。納得した。
 十分に絵を眺めてから、綱吉は作業を始めた。
 絵は壁の少々高い位置にあった。丁度良い踏み台になりそうな家具がすぐ下にあったので、軽いかけ声と共に上がる。
 簡単な道具ですぐに外せそうだ。
(よし、これなら)
 単純に仕事が終わると思え、綱吉は張り切って腕を捲り、懐中電灯を足下に置いた。
 もう片方のポケットに入っているドライバーセットを取りだし、屈んだまま小さな明かりでネジ穴にはまる太さを選別していたところで。
「ひぃっ?!」
 綱吉はその場に凍り付いた。

 足蹴にしているその下は、透明なガラス板。
 縁取りは華美な装飾が施された木製。その形は…気のせいだろうか。
(棺、桶…?)
 濁ったガラス板の向こうに何か見えたような気がした。
 絵や周りの家具同様埃にまみれたそれを、コートの腕で擦る。
 一拭きごとに透明度を増していくそれは、氷のように冷たい。
「っ…う、うっ…」
 はっきりと中のものを目にした時、綱吉は激しい動悸を抑えるので精一杯だった。
(人形…だよな? こんなの…)
 風変わりな長持――または棺桶、中身は服を着た人形。
 とびきりリアルで、今にも動き出しそうな。
(タチの悪い冗談とかじゃ)
 苦しくて声なんて出ない。笑いたいのに喉が引き攣り、呼吸をするのがやっと。
 震えるほど寒い場所なのに、汗が出た。嫌な汗。

 口元が、意識しない痙攣でピクピクと動いた。
 先程から感じている得体の知れない恐怖は、目を閉じた人形の顔と壁にかかる青年の顔が瓜二つであることから来ていたのだ。
 ――気付かなければ良かった。
 暗闇の中に浮かぶ埃の粒子を見つめながら。
 綱吉は努めて冷静であろうとした。
(持って帰る…べきだろうか?)
 絵に関連した品を手元に置きたいと、彼女は希望するかもしれない。
 勿論自分一人では運べないから、人を呼ぶことになる。今日のところはひとまず絵だけ持ち帰って、この大荷物は写真だけ撮って帰る。十分だろう。
 綱吉はもう一度、ガラスを拭き始めた。
 中のものが良く見えるように、先程より丁寧に、力を込めて擦ろうとした時だ。
「痛っ…!」
 手が、突き出た金具を引っかけてしまった。
 たちまち指先から溢れてくる血がくすんだガラス板に落ち、数滴跳ねる。
 ついてない。舌打ちをして傷をハンカチで抑えようとした時だ。
 綱吉はぎょっとして目を擦った。
 人形の瞼が一瞬動いたようだった――まさか!
 そんな筈はない。しかし否定の気持ちを押し潰す不安が底から沸き上がる。人形の造形が生々しすぎるのだ。精巧すぎて、それは…
 まるで生きているような。
「まさか。そんな」
 否定の言葉を口に出して、嫌な予感を振り払うつもりだった。
 言い終わらない内に綱吉は口元を抑え、仰け反った。顎がガクガク震えて視界がぶれる。
「――ッ…!」
 ガラス越しに見えるその目が見開かれ、次の瞬間にはじろりと此方を向いたからだった。


2009.8.7 up


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