はじまり
翌日登校したツナは、自分の浅はかな間違いを心の底から思い知る羽目になった。
まず、教室に入ったらクラスメイトが一斉に沈黙した。
蚊の鳴くような声でおはよーと言えば、ザワッと騒いで皆一様に視線を逸らす。
「え、なに……」
すわ新しいイジメかと身構えた彼の耳に同じクラスの山本武の声が飛び込んできた。
「はよー、ツナ」
彼は野球部期待のエースで、スポーツ万能な学年の人気者である。女子にも人気があるからバレンタインの彼の靴箱はもの凄いことになっちゃっている。
そんな彼も弱点が一つだけあり、それは勉強だった。弱点だらけのツナと共通するので、よく一緒に補習を受ける補習仲間である。
「山本ぉ…」
なにこれなにこれ!?と騒ぐツナを、上から(山本は背が高い)にこにこと太陽のような笑顔を降り注いで、山本は言った。
「んー……クチで説明すんの難しいからな。手っ取り早く廊下見てくれば?」
「ろ、ろうか?」
「そ。掲示板」
俺もついてくーと言ったかと思うと、山本はツナの手からかばんを取って席においてくれた。ありがとう、というあり、あ、の辺りが震え声のツナを文字通り引きつれて、廊下へ出る。
授業開始前の騒がしい廊下をツナが歩くだけで、キャハハという笑い声が不気味に静まりかえった。
殆ど泣きそうになりながら、山本の影に隠れてコソコソついていく。
「ほら」
掲示板の前で山本はさりげなくツナを前に出し、自分は後ろ側に立ってくるりと辺りを見回した。笑顔を浮かべたまま。
青くなってそれどころでないツナは気付かなかったが、彼は押し寄せる周囲からさりげなく友人を守っていた。
「えー、えー…」
第38回○○市主催絵画コンクール…理科研究発表会…中体連の練習割り当て表
…
……
……
……
に、混じって。
ひときわ目立つ場所に貼り付けられているカレンダーの裏を、ツナは呆然と見上げた。
そこには一枚プリント用紙が貼り付けられていて、掠れた文字が印字されている。パソコン室の、年がら年中インクの掠れたクソプリンターで印刷したからだろう。
しかし文字ははっきりくっきり見えた。
「科学研究部新入部員 沢田綱吉 放課後第二理科室へ来るように」
しかも、隅っこの方に「追伸:来ないと酷いですよ」と書いてある。
「ウソォォォ!!!?!?!」
「まあ、そういう訳なんだ」
朝から落ち着かないのはこのせいか……ツナはガタガタと震えだした。
科学研究部。
校内殆どのサボりたい生徒が在籍する科学部とは別物。
メンバーは3名。
いずれも校内の有名人で、つまり有名人故に隔離する必要があり2年前急遽作られた即席の部である。3年2名、2年1名。
世間に疎いツナでも知っているくらいだから、校内で知らぬ者など無いだろう。部長の名前は六道……
なんたら。
「なんだっけ…」
難しい字だったんだものと自分に言い訳しながら、ツナは必死に校内行事の記憶を辿った。殆どが前日遅くまでやっていたゲームの後遺症で、校長が太った行商人に見えたり担任が宿屋の主人に見えるようなアタマをした自分が鮮明な記憶など持っている筈はない。
そもそも、そいつらは行事にマトモに参加をしていた事などあっただろうか……?
ツナは自分が彼等の顔を知らないことに、その時点でやっと気付いた。まあ、当然だろう。
彼等は生徒とは名ばかりの、実に好き勝手な学校生活を謳歌している。気が向かないと授業に出ない。学校行事はまずサボる。校内で見かけることすら珍しい。
「じゃああの人が……」
あのウッカリ寝太郎が、六道なんたらだったのだろうか?
顔などろくに見ていない。知らない。誰かに聞けば答えが返ってくるだろうか?
……いや、わざわざ騒ぎを大きくする程の事もあるまい。
呆然とした面もちでフラフラと、教室とは反対方向へ歩き出したツナを引きずって山本は戻った。
「まあ、落ち着けよ。先生に言って科学部に変更してもらえば?」
「うん……」
しかし、それで済みそうにないことをツナは予感していた。
2008.8.10 up
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