8年後



 この就職難の時代に、街を歩いていただけで職を見つけられるなんて幸運。
 普通はそう思うべきなのかもしれない。けれど、状況を考えればどうやったってそんな結論には辿り着かないのだった。





「ねえ、綱吉君」
 ピーカンの笑顔の下に何を隠しているやら、俺の顔は派手に引きつった。若干の罪悪感もあったが、そんなものは次の言葉で吹き飛ぶ。
「まったく君って人は。しょうもない」
「何がですか」
「何がですか?5年ぶりに会ったのに、第一声が何がですか??」
「うるさいなあ、もう…」
 払う仕草に彼もまた派手に顔を顰める。でもそんなことをしても、俺と違って顔の造作は崩れたりしない。美しく顰める術を知っているからだ。
 しょうもない。
「謝りもしないで」
「スンマセン」
「そんなあっさりと!」
「……注文多いし」
「僕がどれだけ落ち込んだか分かりますか。君が―――」

 黙っていなくなってから。ハイハイ。分かってます言いたいことは。
 けどこっちだってな、色々事情とかあるんだから。そもそも、俺が姿を消したのだって。

「あんたのせいなんだけど」
「……」

 道路の真ん中で睨み合う俺達に、通行人が迷惑そうに視線をやって過ぎていく。





 帰宅後、知り合いの経営する学習塾に就職を決めたと母親にメールした。
 大喜びの返事が返ってきた。それと、いつものおのろけ。親父がいついつ帰ってきて、何日居て、そのあいだ自分が振る舞った手料理とか。まったくおめでたい。我が身内ながら呆れ……いっそ感心する。こんな健気な妻俺知らないよったく。知り合いにもいやしねえ。
 俺は一人暮らしを始めるべく、とりあえず荷物を運び込んだウィークリーマンションで物件情報を斜め読みしていた。仕事場に近く、近所にコンビニがあって、駅が近い……そうそう良い物ある訳無いし日本無茶苦茶物価高ェ。住むだけでなんでこんなかかる。いや、そもそも俺なんで帰って来ちゃったんだろ……

 ピンポン。

「……」
 分かっているので俺は出ない。しかし、鍵は一本こっきりの筈が、そこのテーブルにあがってんのに、カチャカチャする音がしたかとおもうとガチン。開いた。
「差し入れです」
「……言うことはそれだけか」
 人の家をピッキングの上不法侵入した後で、先輩は平然とコンビニの袋を差し出す。
 ……好きだけどさ、おでん。
「わあ、部屋狭いですね!」
「大声で言う事じゃないでしょ?!」
「こんな小さなスペースで人間は居住出来るんでしょうか?」
「もう黙っとけ!!ったく、わざとらしい……」
「あれ?怒ったんですか?怒らないでくださいよはいアーン」
「いらねえよ!自分で食う!」
 ああ、ああ、嫌だ……
 俺本当に帰ってきたんだな、という実感が湧いてくる。俺の目の前で小首を傾げ、ちくわを小さく一口囓ったこの男の顔を見ていると。個々のパーツに華やかさがあり、かつ涼しく男らしく整っている誰が見ても美貌。くっきりした二重瞼に縁取られた目。微妙に左右、色が違う。印象は人形。話すと変人。
「先輩……ヒマなんですか?」
「忙しいですよ僕は。これから上客相手の保護者面談及び説明会があるし。だからほら、ほら」
 コートをがばりと割ったので、俺は咄嗟に飛び退いたが普通に中はスーツだった。
 ああびっくりした。裸かと。
「…何?」
「いえ、なんでも。はあ、めかしこんでますね」
「普段でもこんなものですよ。一応立場ってものがありますから」
「いいじゃないですか。先輩の場合は少し上辺で取り繕っておかないとどーにもなりません」
「……」
 にっこり。
「相変わらず君は……クフフ」
「ハッハッハ」
 空々しい空笑いにも、嫌味にも嬉しそうに笑う先輩を見ていたら不安になってきた。
 この人、普段は絶対Sなんだけどたまに微妙にMっぽいところあるからなあ。喜ばれるの、嫌だな。
「それで?お忙しい塾長様が何用でこの居住不可能なぐらい狭っちい部屋に?」
「それは勿論君の顔を見る為にですよ」
 うわあめんどくせえ。
「写真じゃ駄目なんすか」
「写真もありますが、折角だから生で」
「あるんですか?!嫌だな今すぐ捨ててくださいなんか気持ち悪い!」
「クフフ、嫌です」

 それから散々俺を弄り倒してから、先輩は出ていった。
 引っ越しの荷物を解きながら、俺は明日からの職場生活に思いを馳せ、ぐったりとしたのだった。

2008.8.12 up


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