8年後 高校も残る一年になった年、急遽父親に呼ばれて5年ばかりアッチへいたせいで、俺は英語が使える。なめらかにブロークンに話せるようになるまでは1年以上かかったが、それは俺に英語を教えてくれた近所のガキがあくまでも正しいクイーンズイングリッシュにこだわったせいである。奴自身はイタリア人のくせに… おかげで、俺の英語は折り紙付きの正しい発音と伝統に彩られ、こうして無事就職も決めた。緊張の挨拶も済ませ、生徒との初顔会わせもめでたく終了。図々しい奴らから早速「先生一人暮らし?独身?彼女いるの??」と矢継ぎ早の質問を浴びせられ「一人。独身。彼女募集中」と即答して拍手を貰った。……頑張れだそうだ。 初めての授業(俺の担当は英会話。だから普通の学習塾とはちょっと違う)少々緊張したが、先輩の「年齢は違えど、向こうは同じ人間ですから怖れることはありません。ちょっと探ればすぐ読めます至極単純な思考なので。あとは簡単な暗示で思い通りに」「操ったら駄目なんですよ!あんたまだ変な趣味持ってんな!」と微妙な励ましを頂いてなんとかうまく出来たと思う。 精一杯こなした一週間。 そろそろ慣れてきたかなあ、という7日目に塾の先生達に歓迎会を開いて貰った。なにしろ主催が塾長だから、皆……特に女性陣は盛り上がった盛り上がった。 それが問題だった。 「沢田先生は、六道塾長と知り合いなんですよね?」 カンパーイ、グビ、のすぐ後だったので俺は答えられず、ゴクンと口の中のビールを飲み干して頷くが精一杯だった。 代わりに答えたのが先輩だった。 「知り合いっていうか、ふられたんですよ僕」 「ごぶっ」 爆弾発言に周囲は一斉に静まりかえる。 けど、まだ冗談の域だと思ったのか……精神力の強そうな中年の先生方が、とりなすように笑い声と笑顔を…… 「冗談じゃないですホントホント。高校卒業と同時に積年の思いの丈をぶつけたら、逃げられました。外国に」 「そんなに嫌だったんですかッ?!」 ぐるん、と振り向いた女性陣の顔が恐ろしい。 いやそれよりも、それって大分事実を収縮した発言だよね?! 「嫌だなあ先輩もう酔ったんですかアハハハハ」 「僕は大層傷ついて一時期自暴自棄にもなりましたが、彼をまだ愛しているので寛大な心で許そうと思います」 いっそ泥酔しろぉぉぉぉ!!! 「全部あんたのせいでしょーが?!?!」 思わず職場の立場とか塾長と新米教師という立場も忘れて怒鳴る。あ、あほくさ! 「曖昧な返事で気をもたせておいて。デートだってしたのに。ある日突然置き手紙を残して彼は」 じとう……と嫌な熱のこもった女性陣からの視線と、微妙に好奇心を含んだ中年のオッサンの視線に挟まれて俺は噴火した。 「曖昧な返事も何も俺嫌だっつったでしょー?!それを無理無理聞こえないフリして、翌日何事もなかったよーに遊びにさそって俺気がついたら半裸で転がってましたよねええ?!?!」 「そうでしたっけ?」 あっけらかんとした口調。悪びれない態度。 ぶち殺してやりたいが、周囲に人がいる今は無理…… 「君も悦さそうだったのに。この僕に×××までさせておいて」 「そりゃあんたが勝手にやったんだぁぁぁ!!しかも俺が寝てる間に勝手に!だ、誰だって朝起きて股の間に人の顔があったら外国へ逃亡したくなりますよしかも知り合いの!」 「まだ指までしか入れてなかったのに」 「反省しとんのか己はァ―――!」 俺の拳をぺちんと平手で受け止めて、くるりとひねる。 あやうく料理の並んだテーブルに顔面着地するところを持ちこたえ、席に戻って俺は――― 「うう、う……く!」 周囲の多分に同情を含んだ視線に気付いた。 「スンマセン……」 恐縮しきりでかしこまる俺の肩に、ぽんと手が乗った。 「まあ、人生、色々…あるし?」 「犬にでも噛まれたと思って。高級な、血統書つきの」 「いっそ私、噛まれたいわ」 色々なご意見の中、ますます脱力していく…… 「で、その手紙僕まだ持ってます」 「ハアアアアアア?!?」 一斉にわっと群がっていくこれからの同僚に絶望した! 「『変態、人非人、色欲魔、人でなし 先輩には愛想が尽きました 俺は消えます、捜さないでください』……か」 シンプルですね。 感心したふうに頷きながら女性の新任講師が、俺をきょとんと見つめている。 もうやだ。帰りたい。 「あ、沢田先生の写真」 「かわいー、中学生くらいですか?」 「そうです。僕の青春の1ページ。使い込みすぎてボロボロになってきちゃった」 「きちゃったじゃねーよ!」 「あて」 後ろへ回り込んだ俺は、先輩の頭をべしっとはたいた。 「何に使ってんだ何に!」 「クフフ、何って君そりゃあね……言わせたいんですか?」 「いらねえよ!気持ち悪い!」 べしっ。 「大人の事情で」 「言わなくていいっつってんだろ!」 ぜい、ぜい、ぜい。 息荒い俺が席に戻ると、コップにビールをやまと注がれた。溢れた。 「まあまあ……」 取りなす先生達の努力もむなしく、アホはまだまだまだ言い続けている。 「ま、そんな事情がありまして。僕はまだ彼を落とし切れていないので、がんばりまーす。難関でーす。でもがんばりまーす」 「キャー六道塾長頑張ってェー!」 酒のせいだろうか。 やたらハイテションな女性陣が、一斉に黄色い声を…… 「塾長、具体的な目標は?」 「そうですねー、最終的に彼とは、粘膜を擦り合う仲になりたいですよねえ」 「わー!!!」 「もう僕無しじゃ満足できない体にして差し上げる方向で」 笑顔で言う先輩に、本気の殺意が沸いた。 こんな下品な発言目白押しの癖に、表面は取り澄まして綺麗な顔して、まるで悪魔のようだこの人。知ってるけど。 無言で拳を握ってブルブル震えだした俺に向け、極上の笑顔が降ってきた。彼が立ち上がったのだ。 「あれから……長かったんですよ。君が居なくなって、ヤケになって暇つぶしに1000人切りでもしようかなーと思ったら誰相手にも勃たないし。不能になったかと思いました」 いっそなってて欲しかった……! 「でもこうやって、心底嫌がる君の可憐な姿を見ていたらはちきれそうですああ良かった!やっぱり生はいいですねー」 帰って、こなければ良かった……!! 「僕をこんな身体にした責任取ってください」 「寄るな変態ィィィ!!!」 2008.8.13 up next |