出張 深夜の高速というのはどうもいけない。 しかも、殆ど車影の無い地方のは。 道を照らす照明も無く、反射板とICやPAやSAを知らせる看板、野生動物注意。なだらかなカーヴと乏しい起伏。 やや緩やかな上がり坂。 エンジンの音に高音が混じり、タイヤの回転数が"5"の目盛りにかかる。 安定したセダン型の車体は横っ風にも強く、今のところ横転の危険があるような道路状態ではない。しかし、このいかんともしがない眠気…… 「眠ったらダメですよ」 「眠いですー…」 「ダメです。僕もつられてしまいます」 「先輩は頑張ってください」 速度計は120をやや上回る程度。 オービスを懸念してぎりぎりその速度で妥協して頂いた。時間の短縮を理由に140まで上げられた時、大騒ぎをしてやった。 臆病者と罵られようと、引っかかるのは嫌だ。例え自分でなくても。 「では俺はこれで……おやすみなさいムニャ」 「薄情者」 ハンドルを握って前を見据えたまま、不愉快そうな声。 途端速度計が140まで一気に上がり、ゴゥンと急な加速で圧力がかかる。 「踏みすぎですよ…」 「分かってやってるんです」 あ、そ。 でも眠い。 「そーですかそんじゃ…」 「まあ、いいですけどね」 薄れゆく意識の中、先輩の声はぼやぼやとぼやけていく。 「眠ったら、キスします。車止めて一発濃厚なやつを」 がば。 「舌も入れますからね」 「起きました!今起きました!!」 「出張?」 授業も終わり、教室を片付けていた時だった。 ちらりと顔を出した先輩―――今は塾長で俺の上司―――が、車のキーを握りしめて戸口に凭れていた。 「聞いてませんよそんなの」 「言いましたって」 「うそォ」 「携帯の留守電に」 「あー……」 携帯、携帯ね。 俺はきょろきょろと視線を移動させてから後ろを向き、携帯をチェックした。 確かに留守電、うん。 「今聞きました」 「じゃ行きましょう」 「ええっ」 テキストを持ってオロオロする俺を、先輩は不思議そうに見ていた。 「別に特に困るものでもないでしょ。塾長命令ですから授業の心配もないですよ休講のお知らせは出しておきましたし」 「いや、俺の都合とかは」 「全部キャンセルしてください」 「ンな無茶な」 出張って言ったって――― 「勿論泊まりですよ」 にっこり笑う先輩に一抹の不安が過ぎったが、雇い主のご命令とあらば行かないわけには。 せめて荷物取りに行かせてくださいとの要請は受け入れられ、そのまま仕事後のドライブとなったわけだが、こんな所に落とし穴があったとは。 助手席で眠気を堪えながらあくびをすると、先輩は「暢気ですねえ」と嫌みったらしい。 「なにが暢気ですかこのやろう」 眠気で理性が剥がれかけてる。暴言モード。 「俺にしてみたらいきなり仕事後拉致されたようなもんですよ。そりゃ、留守録聞いてなかった俺のポカでもあるけど―――」 「拉致……いい響きだ」 「人の話聞いてますか?!」 「拉致……監禁……調教……」 「変な連想ゲームすんなァ!」 流石に運転中は頭をドつけない。 俺は空元気良く叫んで手足をばたばたさせ、ひとしきりやって満足した後ミントタブレットを10粒ばかり口に放り込んだ。 「効かねぇ……」 「僕にもください」 「はいはい」 「君が今食べてるのでいいですから」 「そんなマニアックなもんご所望にならないで下さい」 「ケチ」 誰がだ。 先輩のシミシワ一つ無いきっれーな手の平に、タブレットを際限なく出しまくる。 こんもりと山になったそれをぱくりとやった後、3秒ほど経って。 「〜〜〜!」 書いてある文字通り、眠気も吹っ飛ぶ清涼感にヤラれた先輩の顔は盛大に歪みまくった。 涙さえ浮かべている。 「こ、こんな、ゲホッ」 「ふふふ……運転手と助手席じゃあ、タブレットの階級も違うんですよ」 俺が食ったのは普通のミント。 先輩が食ったのは外装も毒々しい、眠気スッキリスーパークール。 「からい!」 「あははははあースッキリしたー」 別のスッキリをさせた俺は張り切って地図を広げ、あと1時間も無く目的地に着くという喜ばしい事実を涙目の先輩に報告したのだった。 2008.8.15 up next |