出張



 高速から降りて更に40分。
 まだ夜も明け切らぬ山奥。
 山間の一軒宿へ辿り着いた俺達は、そのあまりにも清涼な空気に咽せ込みながら車を降りたのだった。
「出張って、ココですか?」
「そうですよ」
 どう見ても、大層な店構えの、古い歴史ある大旅館だ。
 旅館の名前のついた車が何台も置いてあり、庭もなかなか立派である。直ぐ側にどうどうと流れがあるのに、お池までついている。
 ……きっと、上客とかがいらっしゃるに違いないよな。
 俺は心なしか先輩から距離を置きながら、周囲をぐるりと見た。すごく手の込んだラブホ作戦だとは思いたくない。なんつーか、もう状況に応じて流されるっていうような。

 しかしその心配は杞憂だったようだ。

 突然旅館の玄関がガラリと開き、中から人が出てきた。
 玄関ド真ん前に車を横付けするという、最低のマナーで平然とふんぞりかえっている先輩にその背の高い人物は一礼し、ぼそぼそとした声で「お待ちしておりました」と言う。
 どっちかってーと、先輩のが客みたいな……
「……あ!」

 其処でやっと、記憶力の悪い俺は手を叩いた。
 先輩に向かってぺこりをやったあと、ちらっと視線を寄越したその人は、何を隠そう元同級生の同部活生だった。
「千種、彼を覚えていますか」
「覚えるも何も……」
 相変わらずの黒縁眼鏡を押し上げて、もぐもぐと言う彼の名前は柿本千種。
 俺と同い年でありながら、既に先輩とつるんでいた三人のうちの一人。
 ゲームを貸し借りした仲で、ひょっとしたら先輩より仲は良かったかも知れない。
「うわー、わー」
「……」
「ひさしぶりだねぇ!元気にしてる?なにここで働いてンの?」
「……ああ」
「あははちっとも変わらないね!相変わらずでかいなー見上げちゃうよ俺」
「……うん」
 おお、見よ、この乏しい反応。
 間違いなく柿本千種そのものだよ!
 俺はぬぼうとでかい柿本を見上げながらへらへらと笑っていた。

「ちょっと」
 そこへむいむいと割ってはいる先輩。
 邪魔だなあ……
「どうして僕の時と反応が……」
「そりゃ、柿本はまともな人間だもの。先輩は危険だから」
「危険な男は嫌いですか」
「ええ大っキライです」
 がっくり落ち込んでいる先輩を置いて、俺は柿本の手を取って無理矢理握手をし、ぶんぶんと振り回した。
 されるがままぐらぐら揺れている柿本はひょろひょろと背が伸びて、先輩よりも少し大きいかも。ただ体つきは相変わらず貧弱で、大きな棒っきれみたいな、なんとも親近感の沸く容姿をしている。

「……まあ、立ち話もなんだから」
 入ってくれと中を指さす柿本は、先輩から鍵を受け取って車に乗り込んだ。
 ご丁寧にも駐車スペースに車を入れ直し(しかも、鮮やかに!)、荷物を持って出てくる。
「ああ、いいよいいよごめん」
「……いい」
「すみません」
「いいから」
「そこ!」
 振り向くと、プリプリ怒った先輩が頭から湯気を出しながら抗議。
「僕を無視してイチャつかないで下さい!千種もデレデレしてるんじゃありませんよまったく!」

「……」
「何言ってるんだろうねえこの人」
 俺達は先輩に冷たい一瞥を投げかけた後、さっさと旅館の中に入った。

2008.8.16 up


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