出張



「僕にもやらせなさい千種!」
 直球かよ。
「…」
 柿本はうんざりした表情で、棒を動かすのを止めた。
「んっんっ」
 甘い、乳臭い味。冷たくて美味い。
 動かないミルクバーを頭を揺らして食べていると、先輩は金縛りにあった女子高生みたいな顔つきでその場に立ち竦んだ。
「千種――!」
「…どうぞ」
 この二人の関係は奇妙の一言に尽きる。
 普段殆ど表情の変わらない柿本は先輩に関する事だけほんの少し感情を露わにし、大人しく言うことを聞いているから慕っているようなのだが態度はあくまでもクールで、時々こうしてしょうがないものを見る目で見る。
 大人しく場を明け渡した彼は、既に興味を失ったようだった。部屋の片付けなどしている。
「さあ!」
「う…」
「さあさあ!」
 半分溶けかけたミルクバーをくわえたのは、反射的に、慌ててで、断じて望んでではない。
「言ってくだされば。僕が何でもしてあげましたのに…」
 親切ぶっているがその顔はにやけていてしまりがない。
 モトがアレな分余計酷ぇツラだ。
「……ふんっ!」
 俺は意地になって冷たいミルクバーを囓り切った。
 真ん中からぽっきり折れたその断面には歯形がくっきりと。
「あ、ああ、あああ」
「いっっってぇ…!」
 先輩は息を飲み、なんとも微妙な顔をしたが実は俺も相当辛いのだった。
 冷たい物を囓ると治療痕だらけの歯に染みる。
「うーいて…え…ん?」


 気がつくと、部屋の中央にぬぼうとでかい柿本が立っていた。
 がさごそ何をやっているのかと思えば、布団を敷いていたらしい。
 俺が寝かせられているのとはまた別の――部屋の中央に、布団が二つ。
 並んで、というか、


「くっついてんじゃーねか!」
「…希望があったんで」
 というか、部屋は一緒なのだよな、うん。
 余計な気をまわさないで欲しい。それは、違う方に。
「俺こっちで寝るわうん」
「なんでですか?!」
「なんとなく」
 煩い先輩を手でしっしと追い払って、布団に潜り込む。
「あっ、歯磨きしないと虫歯になりますよ。僕が懇切丁寧に磨いてあげましょう」
「遠慮しますー」
「上手いですよー僕得意なんですよ? そりゃもー細かな動きとテクニックが」
「要りませんー」
 布団の中でもごもごと答えていると、聞き取れるギリギリの声がボソボソと…
「…夕食は部屋にお運びしますんで」
「まってもう行っちゃうのか柿本!?」
 防波堤を失うと今、俺はやたらとハイテンションな先輩と二人きりになるのであり、それだけは勘弁して欲しかった。
「んー、気が利きますねえ千種」
「最悪だ…」





 あまり視線を合わせたくないので、布団から顔を半分だけ出して様子を伺う。
 先輩はばっちり見ていた。
 慌てて頭を引っ込めると、大仰な溜め息が降ってきた。
「しょーがないですねえ」
「……」
「お風呂行ってきます」
(へ?)
 ネクタイを緩めて外すと、そのまま畳の上にポイポイ投げる。
 スーツの上着はかろうじてかけたが、それも椅子の背。
 拍子抜けする程あっさりと、先輩はタオルを持って出て行ってしまった。それにしても。
「案外雑なんだな…」
 散らかった部屋を見て、俺は顔を顰めた。
 ちょっと親近感感じちゃったじゃないか。あぶねえ。

2008.8.19 up


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