天使降臨

 

本名沢田綱吉。愛称はツナ。職業、よく解りません。
犯罪捜査アドバイザーなどというよく分からない名称をマスコミにはつけられているものの、最早誰もツナがそんなものであるとは思っていない。彼は立派に警察機関凶悪犯罪捜査科の一部であり花形であり、可哀想な犠牲の子羊だった。

文字通り、そうだ。

幼少期から綱吉は世間で言う変態に異常に執着される体質を持っていた。
変態にも様々有り、軽度なものはマニアから極端に暴走すると最終的に犯罪者、最終形はサイコキラーな訳だが、そういうヤバい人種に好かれて好かれてたまらない、というのが彼の特徴であり短所で長所である。
少年期から誘拐をされかけること数十回。拉致監禁一歩手前九回。実際されちゃったのが一回あって、3時間後父親に助け出されなかったら今頃犯されて切り刻まれてあの世へ行っていただろう。靴下をかたっぽだけ取られて済んだのは正に奇跡であった。

そんな彼が成長し、まともな職業に就こうとしたとてそれは無理だ。
高校へ行けば教師が襲ってきて大学へ進めば教授が薬を盛り、面接に行けば怪しげなラボへ連れ込まれるといった感じでまるで絶望的。世界は変態に満ちていた。
綱吉は俺はまともな一生を送ることは出来ないんだろうなあ、と半ば諦めかけていたが正にその通りだった。
偶然乗り合わせたバスでバスジャック犯が彼に惚れてしまい、流血無しで事件を解決できた幸運(綱吉にとったら最悪運!)で警察と面識が出来た彼は、それから数件の事件に跨って捜査に関わり、いずれも警察のお偉いさんの満足できる結果をあげてきた。
結果、ろくに警察学校も卒業してないシロートがそれなりの知名度と権限を持ち、常に紙一重の危険におびやかされながら凶悪犯を追っかけたり追っかけられたりしているのである。



「ううー……」
寝不足でガンガンする頭を抱えながら唸る綱吉を、大家のおばさんは慈母の如き微笑みで包み込んだ。
「大丈夫かい?朝食は?」
「朝食どころか昨日の昼から何も………」
「あらあら可哀想に」
マリア・チェリオという名前からしてイタリア系なのだろう。ガーデニングとサスペンスドラマをこよなく愛する彼女はこのなんとも頼りない苦労性の青年を息子のように気にかけており、食事を差し入れたり食卓に招いたりしている。
今も、新鮮で瑞々しいトマトを一つもぎ取り、綱吉の手に握らせてくれた。
「冷蔵庫には何も入っていないんでしょう?一眠りしたら夕食にいらっしゃいな」
「うん…」
既に瞼の降り始めている様子から、3、4時間なんて半端な睡眠では有り得ないと判断した賢い言葉だった。
綱吉は礼をもぐもぐ言いながら自室のドアに体当たりをぶちかまし、のたのたと鍵を開けて入るなりベッドへ直行した。グウ。





当年取って28歳を数える綱吉は、まだ高校生に間違えられることも多い童顔の青年だった。
分かっているだけで13人を殺害した犯人はその日初めて自分を追いつめた存在と直に対面し、言った。「裁きだ。私はこの時を待っていた」
綱吉は思った。いい迷惑だ。

彼の幼い容姿を勘違いする輩は多く、その殆どが変態だ。
変態でないまともな女性とお近づきになりたくても、実際の彼は冴えない目立たない大人しい三十路近いやせ形中背の男であり、異性には口べたで積極的な態度すらとれない。
今まで付き合った女性は片手で足りるほどであり、そのいずれもが「あなたって見た目通り退屈な人なのね」とため息をつく有様だった。綱吉の人生は常にデンジャーでストロングな変態たちにまみれ実にエキサイティングだが、彼自身は地味で大人しい毒にも薬にもならない生活を望んでいるせいである。

実に48時間ぶりの睡眠明け、急にテンションがローへ落ち込んでしまった綱吉は携帯の着信履歴をチェックし、次に時刻を見て舌打ちした。もう夕方になっている。
シャワーを浴びて(実に3日ぶり!)大して生えてもいないヒゲをあたり、頭と体を一気に洗い一気に流す。ガサガサのタオルで全身をふいてぼーっとした後、おもむろに手を伸ばしトマトを掴んだ。
がぶり。
果汁が顎を滴り落ちる。
浴室でトマトを食す妙に感心し、むしゃむしゃと食べていく。
ヘタだけくずかごに捨てて口元を洗う。Tシャツを頭から被り10年履いたリーバイスに足を突っ込む。洗っても洗っても着れる悪魔の恩寵の如き衣服だが、仕事には着ていけないのが難点だ。ジーンズにジャンパーを着た刑事なんて、変装以外じゃ今時テレビドラマにも出てこない。

彼が自分の仕事を評するなら、こう言うだろう。充実しすぎ。
生活を言うならこうだ。常に彼女募集中。
ただし彼氏にすり寄ってくる変態にめげない方頼みます。

ドアを出て階段を下がり三歩の位置にある大家婦人の玄関で、呼び鈴を鳴らす。
お呼ばれして遠慮は最初の3回で諦め、大人しく応じることにしていた。
「いらっしゃい!」
既にいい匂いがしている。両頬にキスをして挨拶を済ますと―――いつもは足下にまとわりついてくる飼い猫のエンダが(サスペンスドラマの名脇役の名前)影も形もない。
「エンダはどうしたの?」
「イタリアから親戚の子が来てるのよ。懐いちゃって、飼い主の私にも来ないの」
「親戚の子?」
「あら言わなかったかしら?」
言ったとしても聞いていなかったに違いない。
綱吉は意識朦朧の朝の事を殆ど覚えていなかった。
「トマトくれたの、おばさんだよね?」
「そうよ。それも覚えてないのねえ」
「親戚の子って美人かい?」
「残念。男の子よ」
なあんだと肩を竦めて入った居間では成る程、エンダが見知らぬ背中に張り付いて満足そうに喉をならしている。う、しかし。これって親戚の"子"なのか?俺より背、高いんだけど。
「紹介するわね」

紹介は要らなかった。
くるりと振り向いた男の顔を見て綱吉は顎を落とした。

「あ、あ、ああ―――ッ!!!」
猫を抱いて澄ましている男の顔は、先程病院で見た奴と同じだった。


2006.4.21 up


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