天使降臨

 

デザートを切り分けに行ったマリアを愛想良く送った後。
男は突然椅子にふんぞり返り、横柄な笑いを綱吉に向けた。
「『まさかこんな所で会うなんて』」
「俺の心読んだ?!」
「単純なヤローだぜ」
テーブルを挟んで向かい合っているにもかかわらず、ツナの背中はぞくぞくしっぱなしだ。
「あん、あん、あ」
「喘ぐな」
「違うよォォォ!あんた!なんっ………でこんな所居るんだ?!」
この善良な一般市民の家に!
熱弁しながら立ち上がった綱吉は、途端席をエンダに奪われてしまった。
「………おーい」
人が立ち上がった隙に椅子に座るのは、猫の特技である。
切ない気持ちで隣の席へ移動した綱吉は、情けない気持ちと顔を切り替えてシリアスになる。

「いいぜ、いいさ。話が早い。俺は別にあんたが医者でもマリアの親戚の子でも殺し屋でも全然構わないんだ」
「ほう」
綱吉は厳密には警官ではない。
逮捕の欲求は市民ひいては自分の身を守るため、関係なければ放っておく。放っておきたい。
「あの男の始末を少し待って欲しい。俺達はあいつを逮捕しただけ、まだ知りたいことが他にある」
視線をちらりと上げて伺う男の目は隙がない。
誤魔化すとか煙に巻くなんてことは、最初から頭になかった。
「公式にあいつが殺した数はまた映画にでもなりそうなおあつらえむきの13人。けど、実際はもっと多いと言われてる。彼がその傾向を見せ始めたのは高校生の頃からで、付近では数人行方不明者が出ているからね」
「………」
「ナニ?ぺらぺら喋る奴だって馬鹿にしてんな?新聞にデカデカ載ってたから今更隠す必要ないだろ………で、奴が今まで収集してた地獄のコレクション―――こいつのせいで俺の同僚が2人ばかり休業しちまったけど―――多分あと一軒分くらいあるんだよね。それぐらいの計算」
「場所を吐かせる算段は?」
「いきあたりばったり」
男はヤレヤレと首を振る。
「奴は極めて知能の高いサイコパスタイプのシリアルキラーだ。自分の頭の中だけにある情報を警察が欲しているとしれば、取引材料にするだろうな」
「口約束で丸め込め………」
「そんなレベルじゃないことは、関わってきたお前が一番良く知っている筈だ」
確かに。

綱吉はあのホラーハウスの光景を思い出してゾッとした。
大抵、映画の中の大量連続殺人鬼というのは鬱蒼と茂る森の中の一軒家に隠れ住んでいるものだが、実際は違うのだ。こぢんまりとした可愛らしい庭土を約20センチ掘っただけでわらわらと出てきた人体パーツは大量の石灰をまいて分解を早められ、溶解して異臭を放っていた。気密密閉された家の中に所狭しと置かれたコレクションの数々―――年代順にアルファベット順に氏名順に、ありとあらゆる方法で整頓されたデータと品物。おかげで捜査は楽々進み、きっちり整頓された表面の眺めに騙された捜査官2名は真っ先に暗室という地獄の23丁目に飛び込んで失禁した。まだ"処理中"の死体がホルマリンの中へ浮かんでいたら綱吉とて絶叫しただろう。

犯人の手口は限りなく完全に近かった。
まず目星を付けたターゲットの生活を隅から隅まで徹底的に観察し、家族構成から恋人の面、どういう性格をしているか、夕食の献立、どの時間一人になるか………などをメモ無しで頭に叩き込む。
巧妙に近づき、監視カメラや付近の住人の目線が届かない場所で捕らえ、絶対に叫び声の漏れない自分のフィールドへ連れ込んでジ・エンドだ。

綱吉が奴を捕まえられたのは例によって彼の「魅力」による所が多かった。
いや、それは少々大げさか―――元々サイコパスはナルシスティックで高慢な自信家の部分がある。世間で騒がれる事により自分の歪んだ性癖を美化し、神格化し、わざわざ犯行予告の電話まで寄越してくださっていたのだから逮捕は時間の問題だったのだが。
郡警の強力な後押しでプロを差し置き綱吉が電話応対をした途端、犯人の用心深さは少しだけ綻んだ。結果逮捕が早まったと言える。

「そう………一度お前で釣れたンなら、もう一回釣れるかもしれないぜ」
「そんなアホな…」
「男なら下半身にゃ逆らえんのさ」
嫌な表現だなあ。
綱吉は派手に顔を顰めたが、男は何処吹く風である。
「さっさとお前の仕事を終わらせてこいよ。こっちはそれだけ早く上がれる」
「そうしたいのは山々だけど、ね」

綱吉が肩を竦め立ち上がった正にそのタイミングで。
「さ、ぼうやたちお待ちかねのデザートよ!」
第二のディナーかと見まごうばかりの皿の山がご登場なされたのだった。


2006.4.21 up


next

文章top