おつかい半日
「え〜〜〜〜……」
商品の並んだ棚を覗き込み、じーっと見つめてもう5分はそうしていたろうか。
久しぶりの休日に布団被って爆睡していたら、差し入れを持ってきてくださった家主婦人にポイッと追い出されてしまった。
あまりにも不衛生だと言うのだ。
(他人に部屋掃除されるなんて………)
しかし綱吉は仕事が忙しすぎ、でなければ寝ているだけの毎日なので、プライベートというプライベートはパソコンの中身にしか存在しない。
マリアはトースターにも怯えるメカオンチなので弄られる心配はなく、パンツを洗濯される危機も幸い回避―――前日にまとめてやったおかげで大量の乾いた衣類をクローゼットに突っ込んで出てきた。あとは封印が解かれないことを祈るしかない。
代わりに買い出しへ行くことになった綱吉は、可愛らしいミニバンをピカピカに磨き上げながら待っていたマリアおばさんいわく「親戚の子」こと謎のイタリア製ヒットマンリボーンを一目見てくるりと引き返そうとしたが果たせず、襟首を掴まれ車内に引きずり込まれた。
「わー!わー!わー!」
「いよう、元気そうじゃねーか」
「げっ………げげげげんき………」
運転席からずずずと助手席へ尻がスライドし、上からのしかかる体を突っぱねて支えて迫ってくる顔面を避ける。
「てめ、結構良い度胸してんのよな」
「なんでお前がまだ居るんだ?!俺、俺」
「忘れンなよ。俺ァプロなんだぜ………?」
低い囁きが耳に吹き込まれ、背中のぞくぞくは最高潮だ。
「居所なんてすぐ分かるし、資料室で涎たらして寝こけてたテメーのアホ面も知っている。寝顔オカズに一発ヌいてった同僚サマの名前もメンも割れてるが………知りたいか?」
「嘘ぉぉぉ!」
事件解決に御協力ありがとうございましたコールに、「あー気にすんな礼は後でたっぷり取り立ててやるからよ」との返事が返ってきたので、綱吉はわざと仕事場に詰めていたのだが全部お見通しのようだった………
散々腰やら尻やら腕の内側まで撫で回された後、軽快に走り出した洗車直後の空色のミニバンは30分ほどかけて郊外の大型ショッピングセンターに着き、はらはらと涙をこぼす綱吉はだだっぴろい駐車場に引きずり出された。
綱吉も知ってる名高い有害アニメの主題歌を並んだ子供が3人、大声で歌いながらカートの山へ突入していく。
「ま、まって………」
わらわら群がる子供に手こずってなかなか抜け出せない綱吉。
子供達はベルトに差していた玩具の銃(光と音が出る奴だ。状況も忘れてちょっと懐かしくなった)を抜き、一斉に向けてピーピー言っている。
リボーンは呆れたように一瞥して―――取り出したのは―――
パアン!パアン!!
「………」
音は浅いし発射されたのは多分空砲。
けど、余りにリアルで本物ソックリだったので綱吉は一瞬固まった。
子供達も固まった。
「やるから大人しくしてな。いいんだよ、とっとけや」
「うおお…」
呆然とする子供達の足下にごつんと放り出されたモデルガン。
綱吉は頭を抱えて唸ったが、そのうち子供を呼ぶ母親の声が聞こえたのでカートを押しながら全力で店の中に突っ込んでいった。逃げるが勝ち、だ!
「あんなもん、子供に与えてどーすんだ…」
「喜ぶ」
「じゃなくて」
がっくりとカートに凭れながら売り場の奥へ入っていく。
商品を高く積み上げ、天井のむき出しになった鉄骨にはいつかのイベントで使用した風船をぶら下げて。
気でも違ったんじゃないのかと疑いたくなるピンクなエプロンとキャップを被ったくたびれた姿の店員が行き交う店内はいつもの如く空いていた。
そのうちつぶれるんじゃあ、なかろうか。
「……あー」
直注意散漫状態。
これが綱吉の悪い癖で、隙でもある。
天井を見上げたままへらりと笑う喉が上下舌が下唇を舐めて指がジーンズの腰に潜る。
一連の動きを冷めた視線で観察していたリボーンはこめかみに指をあてた。
無自覚にも程がある。
綱吉自身が意識せずする動きの一通りは、一部の敏感な人間の神経の扉をこんこんとノックする。炭酸がキモチヨク喉を灼くようにピリピリした刺激を与えて勃起させ濡れさせる。
コーヒーを一つ貰うにも、すうと目線を落としてふっと息を吹きかけてから飲み込むその仕草が、その間、指をとんとんと鳴らしてペンを掴みツツウと先端を撫でる指先が全てが卑猥で、隠れた衝動を持つ人間は意識的に時に無意識にたまらなくなる。
リボーンは特に歪んだ性癖を持つ訳でもなく、かといってお綺麗でお定まりの手順に満足する退屈な男でもなく、気が向けばギリギリの所まで足を踏み出せるオールマイティーなスーパーマンだ。熱望するパートナーも居ない代わり全てに対応できる彼と肌を重ねた人間は様々に誤解し、遠回りをし、結果自分が縋っていた相手が何者でもないと悟っていく。
強いて言えば。
突き詰めて、みれば。
全てを持つ事は何も持たないことへと通ずる世界の真理からすれば。
「ツナ」
「なに?」
人気のない生活用品の棚の奥で何故かドライバーセットなどを見ていた綱吉は、何時の間にやら息がかかるほど近い場所に寄っているリボーンに身を強張らせた。
「…なんでしょう」
「あの棚の影、な。丁度其処の鏡に写っから見てろ」
言うなり首筋に生暖かい息がかかり、シャツの下から手が潜ってくる。
ベルトを緩めに締めた事を綱吉は猛烈に後悔した。
「あ、あのなあ…」
「見てろって」
耳たぶを噛んだ歯がするすると首筋を落ちる。バカ正直に反応する自分を叱咤して、言われたとおり視線を走らせる。と。
(あ…っ)
思わず掠れた声が漏れて唇を噛みしめる。見覚えのある短髪のブロンドが綱吉のお粗末な記憶中枢を刺激し、今回の事件だけでなく数代前のそれまでも、チームを組んでいる独身同僚の顔をファイルからはじき出した。
「なーっ?」
「なーっ…て、言われても。そりゃオフまであとつけてるのってちょっとまず些かアレかなぁって思わなくもないけど」
曖昧な言葉オンパレードの煮え切らない返事は今までの異常な状況に慣れすぎた故の怠惰だ。忌々しい油断に肩までどっぷり漬かったパンピーの思考して、頭の回路を十も二十も吹っ飛ばした犯罪者を相手にする危険が分かっているとは考えにくい。
「ツナ」
「なんだよ」
「お前まさか、今の今まで人生全部行き当たりばったりなんじゃあないよな………?」
「おう、良く知ってんね俺のモットー」
根本的に、鈍い。
セクハラをされるがままに商品の一つをカゴに突っ込んだ綱吉は脱力したリボーンをずるずると引きずりながらカートを押していった。
2006.4.21 up
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