第三の眼

 

悪天候の中のフライトにもかかわらず、機内は静かだった。
外ではマイナスの寒気が渦巻いていても、鋼鉄の壁一枚隔てた此処は22度を少し越える。様々な物音に身じろぎ、寝返りをうちながら乗客は僅かでも睡眠を得ようと毛布を引き寄せた。
眠れない者は通路を往復したり、静かにヘッドホンをあてている。

深夜のラウンジで水滴のついたグラスを前にして、まだ若い少年が所在無さ気に座っていた。
幼いとさえ言える、その容姿は凡庸で、特に目立つところのない地味ななりをしていたが、落ち尽きなく巡らされる視線やぐっと噛みしめた唇、青白い顔色にカウンター内のスタッフは気分が悪いのかと様子を伺っていた。
飛行機には様々な人種が乗る。ほんのちょっとの揺れで酔ってしまうものも、高所・閉所恐怖症も。彼等は本当に抜き差しならぬ事態まで我慢して、その後あっけなく壊れてしまうのである。
要らぬ真似とはねつけられない程度に気遣いを示さねばならない。
冷たいタオルを差し出すと、少年は怯えたようにびくりと肩を震わせた後礼を言って額にあてた。(正確には目だったのだが)
通り過ぎる客室乗務員が確認の視線を交差させる。フライト中の危険要素は常に彼等の視線に晒されていると言っても過言ではない。

席を立った一団と入れ違いに、そこへまた年若い客が来た。
俯く少年と同じく東洋的な容姿をしているのだが、此方ははっとするような美形だった。繊細な作りの目鼻立ちと印象的で力のある双眸。すらりと背が高く、二十を越えてはなかろうが酒を飲んでも咎められない程度の落ち着いた雰囲気を持っている。案の定、注文はジン・ライムだった。
此処では日常である。咎め立てる必要があるような人物には見えない。承りましたとだけ答え、素早く注文をこなす手元が少し震えた。
幸いなことにジン・ライムはシェイクなしのカクテルである。礼を言って受け取り、口に運ぶ仕草は若いながらなかなか堂に入っていて、舌の上で味を確かめる顔も思わず見惚れる程に美しい。
僅かに高揚した気持ちを隠すよう、殊更仕事用の仮面をつけなおすと、スタッフは先程気にしていた、気分の悪そうな少年をちらりと見た。

少年はジュースのグラスを半分以上残したまま、ぼうとした視線を向けていた。
ぼんやりしているようで、壁の向こうを透かし見るような深さがある。実際、彼は壁の向こうを見ていたのだ。
後から入ってきた少年もまた、様子がおかしい隣席に興味の薄い一瞥を向けた。

そのタイミングを計ったかのように、ガタンと派手な物音を立てて彼は立ち上がった。顔色は蒼白だった。上の空でご馳走様ですと一言言うと、足早にラウンジを出る。その間も視線はずっと壁の向こうに固定されたままだ。
「…どうしたのでしょう」
「さあ?」
小首を傾げて少年は背もたれに体を預け、空のグラスを置いた。コツリと音が響く。
「おかわりを?」
「もう一杯だけ」
にっこりと笑うその顔には傷・シミ一つ無く、東洋人特有の透けるような白い肌が化粧無しで明るい照明に映えている。内心羨ましいと思いながらも新しいグラスをそっと押しやり、照れくささに視線を外す。

きっと十も年の離れている異性を相手に、こんな意識を持つのは本当に珍しい。
しかしそれだけの妖しさを持った少年だった。


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