第三の眼

 

電話は来ても来なくても、どっちだっていいのだ。

実現する未来を予測することは可能だ。信用に足ると判断できるだけの材料さえ揃えれば。現に、千種は一つの出来事に関して幾つものシミュレートを奔らせる。
基本はデータ収集。展開はセンスが物を言う。占いを商いに出来る奴らは玄人で、素人だって出来ないことはない。あたればもうけものぐらいのものなのだ。

ただ、違うのは。

千種は同時に幾つもの可能性を提示するが、彼は常に一つだと言うことだ。そして、未来を予測して儲けようとする饒舌な輩とは正反対の性質を宿している。
言葉によるまやかしを必要としないくらい彼の未来予測は正しいのだろうか。

二人は完全に立ち止まってしまった。
他の通行人が迷惑顔で通り過ぎていく。少年はぴくりと頬を動かした。笑ったのかもしれない。
「恐怖はどこから来ると思います?無知です。知らないから、怖いんですよ」
躊躇い無くのばされた手が千種の腕を掴み、移動を促すために引っ張った。そのまま早足で歩き出す。
「だからこれは怖いのじゃなく、嫌なんだ。いたたまれないんだ」
50メートル程歩いた後、少しだけ立ち止まる。ちらりと後ろを見たその眼がいつもの虚ろな茶ではなく、光点がくっきりと浮いた悲しげなものだったので千種も思わず振り返った。

丁度そのタイミングで、店に車が突っ込んだ。運送用のトラックがショーウィンドウに頭から行って、通行人や店内の従業員にガラスの破片が雨あられと降り注ぐ。
ついさっきまで二人が立っていた位置。標識は真ん中からぐんなりと折れ曲がり、無惨な姿をさらしていた。そして、電話が鳴った。





浮かぬ顔のまま来た千種に、骸は咎めるような視線を向けた。
千種の後ろには土産物の袋を持った少年がいて、薄暗い店内をさして興味も無さそうに見渡している。
人気のない店の闇を割って、犬がちょこまかと走り回る。裏に入ったかと思うと高そうな酒瓶を逆手に掴んだまま、機嫌良さそうに何かを引きずっている。人の足だった。
出番は遠そうだ。
「助けてもらいました」
「おや君もですか」
ベルベッドの貼られたソファーに座り込み、骸は前を見据えていた。何かを考えるときの主の癖だ。
その横顔には様々な修羅場を見、味わってきた男独特の無感動さが滲み出る。恐らく千種や犬も少しはあるのだろう。しかし、何か越えてしまったような虚無感というものを孕んでいるのは骸の色違いの双眸だけだ。
それが分かるのは極一部の人間だけで、勘のいいそれらの者たちは避けてずっと遠くに逃げてしまうか、憎悪し敵対し向かってくるかしかない。

この人は元来、人と共に在れないのだと思う。

「………っ」
黙って袋を床に下ろそうとしていた少年が、動きを止めた。

探るように頭を巡らし、半開きの口が震えている。どうしたのだと問う前に骸が千種を手で制した。

やがて彼は顔を上げた。暗い照明の中でも分かる顔色の悪さ。荒い息。
何度か見たことがある光景である。
今度こそ骸は手を差し伸べ、言った。
「何が見えましたか」

彼は淀みなく答えた。限りなく冷たい声で。

「期限は明日です。明日の昼までに発った方がいい。………好きにすればいい。俺はもう行きますよ」


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