第三の眼

 

役者は着々と揃っている。骸はぐるりと部屋を見渡して時を数えた。
席を立っているのは犬だけで、千種は眠っている。ゲストは思い思いの格好でくつろぎ、傀儡は静かに命令を待っていた。

不意に扉を開けて入ってきたのは、彼だった。珍しくまっすぐ前を向いて、足取りも堂々としている。不安気ないつもとはまるで違う。
骸は構える周囲を制止、殊更にこやかに笑んで見せた。

「やっぱり………気は変わりませんか」
「君の心配は嬉しいのですけど、ね」
少年はあれから何度も何度も骸に言った。まだ間に合う、引き返せ。姿を眩ましてどこか静かに暮らして―――
つまり、それは。
「俺は、見えたんじゃない。望んで見たんだ。どういうことか分かる?」
尻尾を巻いて帰れ負け犬と言っていることに気付かないのか。
「あなたたちが好きなんだよ俺を助けてくれたし。酷い目にあって欲しくない………」

あれだけの血を目の前で見てあなたたちが好きだと言う、彼はどこか異様だ。
俯いて声を震わせる姿を前に、初めて骸の中で警鐘が鳴った。
「なんで分かってくれないッ!」

叫ぶ。

「俺、言ったのに!何回も言ったのに。分かるから、言ってるのに―――」
「君の能力を疑ったことは一度もありませんよ」
本当だ。
骸もこの呪われた力を持つ。別に不思議ではない。
「信じていないのではない。心配無いと言っているのです」
「同じだ」
顔を上げた眼がぎらぎらと敵意に燃えている。
勢いのいい業火ではなく、ちろちろと舐める高温の隠し火だ。
「お前も今までのやつらと同じなんだ。結局、俺を信用しない。挙げ句運命を変えるとか、自分は大丈夫なんて根拠の無いことを言って出てって」

帰らない。

声の無い口がぱくぱくと動く。
両頬から涙がこぼれる。ここまで感情を露わにするのを初めて見た。
「せっかく―――」
呼ぼうとして、気付いた。
骸は彼の名前も知らないのだ。
「でも―――仕方ない」





涙が止まった。
じりじりと窓際に移動する、その足音に千種がうっすらと目を開ける。
「骸様………?」
「ああ、千種。起きましたか。さてどうしたものか―――」
困ったように眉根を寄せ、骸は少年を見ていた。周囲の者も異様な光景にただ呆れた視線を彷徨わせるだけだ。唯一、控えた傀儡のみぴくりとも動かずその場に静止する。
「骸様、彼は」
千種は飛び起きた。怪我の痛みに顔を顰め、視線を巡らして見つける。
「お前ッ………!」
「千種?」
「早く止めてくださいッ!」
骸の合図と同時に傀儡は部屋を飛び、横切った。じりじりと距離を開ける少年に一瞬で詰め寄ると、掴もうと手を伸ばす。

その体に触れるか触れないかのうち、細身の腕が振られた。同時に傀儡の体が吹っ飛んだ。
部屋の壁を砕きながら止まり、ずり落ちるその体がぐたりと力を失う。部屋の空気は凍り付いた。

「君は―――」
「俺、戦えない訳じゃない。ただ嫌いなんだ」
無愛想にそう呟くと、割れた窓ガラスから外を見る。
「守ってくれてありがとう」






骸の側で潜めた声が「奴です、彼が」と吐き捨てるのと、少年が窓から身を躍らせるのと、ほぼ同時だった。
一瞬だけ千種のもたらした真実に気を取られた骸は彼の表情こそ見なかったが、その声だけは良く届いた。

泣きそうに震えた弱々しい声だった。


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