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ぐら、ぐら。揺らされている感覚が気持ち悪くて、ツナは微かに目を開けた。
―――地面が揺れてる。
アスファルトではない。かろうじて砂利が敷かれているけれど、両脇から攻撃的に飛び出している草がさわさわとツナの額を撫でていた。それと、地面を確かに踏みしだく細い二本の足―――
「あっ………!」
思わずがばりと上半身を起こそうとして、バランスを崩した。非常に不安定な体勢で持ち運ばれていた彼は、地面に転がってしまった。
「ってえ―――っ…」
「危ねェだろーがコラ!」
ツナをかついでいた人物もまた巻き添えをくって転んでしまったのだ。二人で草と砂利の上に倒れ込みながら、空を見上げる。
ツナは驚いた。久しく見ていない、澄んだ青い青い空。
「あ、あ―――青い」
「………大丈夫か?」
その感動に水を差す一言。
転がったまま身動きもせず、じっと空を見つめるツナをコロネロは眉を寄せて覗き込んだ。打ち所が悪かったのか、それともいろんなショックが重なっておかしく………失礼な事を言う彼に、ツナは全然構やしなかった。
「綺麗だなぁ…」
ツナの住む都市は急速に発展した工業都市。
元々、人の住みやすいようには設計されていない。昔から中心となってきた工業地帯、そこで働く人間が回りに都市を築き、空気は常に汚れスモッグだらけなのだ。
だから、こんな綺麗な空は本当に久しぶりだった。
「おい、おい」
「………」
「おい!」
ばっちーん、ともの凄い力で殴りつけられたツナは叫んだ。
「いってえな!なにしやがる!」
「オメーがさっさと返事しねえのが悪いんだろうがコラ!」
「ちったー手加減しろー!」
わあわあ喚きながら立ち上がる。二人はにらみ合い、ほぼ同時に「「フンッ!」」と盛大にそっぽを向いたが、ややあってツナは途方に暮れた顔をした。
「それで、ここはどこなんだ?バスはどうしたんだろう」
「くうすか寝こけてた癖に、よくもまあ………」
バスなんてとっくにおりちまったと言うコロネロは、細い首をコキコキ鳴らすと先へ立って歩き始めた。
「ま、まさか………どっか知らないけどバス停からここまで、お前俺を担いで?!」
「だから?」
「なんで起こさなかったんだよォ!」
「別に…」
それは、ツナが気持ちよさそうに、そしてちょっとやそっと揺らして呼んだぐらいじゃ起きない心地よい眠りに浸っていたからである。
コロネロは止まったバスの運転手と残りの上客が目を丸くしている中を、ツナを担いで下りてこの農道をひたすら歩いてきたのだ。
「重かったろー!」
「たいした事じゃない。前20後50キロの背嚢つきで山道の上り下りだってするからな。平地なら楽なモンだ」
「なんじゃそりゃあ………」
眉を八の字に下げて唸るツナを、コロネロは苛立ったように睨む。
「それよりさっさと来い。もう陽が落ちるだろうがコラ!」
「う、うん」
「明るい内に着きたい。この辺は野犬が出る」
「マジで!?」
平坦ながらも大小様々な丘があり、一面の草地だった。
牧草地なのかもしれない。おおざっぱだが、自然のままのび放題にしておかれた様子ではないからだ。よくよく目をこらせば、遠くの山になった部分ではぽつぽつとした点が時間ごと移動しているようにも見える。
牛かなあ。
馬かなあ。
やっぱりのんきな思考でツナは考える。なにしろ景色は良いし、空気はいいし、これで腹がふくれていれば最高のピクニックだ。惜しむらくはさっきからグウグウ腹のムシが鳴り続けているところで、これさえなければツナだって機嫌良く、長い道のりを歩けるだろう。多分。
その筈。
「………」
「………」
けど、先を行くコロネロは先程からまったくペースの変わらない、一定の足取りでずんずんと先へ進み、「おなかがへった」と言い出せるような雰囲気ではない。
ツナは元気ばかり無くしながらトボトボとそれについていく。そうだ、こんな小さな子(言ったらぶっとばされるだろうから言わなーい)だって健気に(にあわねー)歩いているのに、高校生の俺が弱音を吐いてどうするんだ………あーでも吐きたい………もう歩くのヤダ………だって俺根性ないもん。
「なあ」
話しかけたはいいが、ツナはつまってしまった。根性もないが度胸もないツナは人に強請るという行為がどうしても不慣れで、出来ないのだ。家族なら、母ならともかく―――
「なんだ」
ぽつりと返ってきた返事に助けられる。ツナはその声が終わらない内に追いすがるようにして吐き出した。
「あ、明るい内?に着いたら、何か食べるものある?」
「………味に期待しなけりゃ、すぐ食えるのは缶詰だろうな」
「缶詰…」
「電気が通ってねえ。発電機がある。つまり、着いてすぐ使えるわけじゃない」
「わかりました」
辺りを見回しても、人っ子一人いない。家もない。長い道のりを歩くのは二本の足、車も通らないとあっては。
どうやらとんでもない田舎に来てしまったらしい。
ツナの想像通り、其処は物語の中のように文明から隔絶された一軒家だった。
こじんまりとした造りは可愛らしいその家は、空色の屋根とクリーム色の壁をしてまるで玩具のようだった。三角屋根の、屋根裏つきの、小さい頃憧れていたような家。でもここには犬がいないし、母さんもいない。とうさんも。
(うわー…)
ぶわ、と一気に喉奥からせり上がってきたのは、多分ホームシックと同じような種類の感情に違いない。
目をパチパチさせて散らして、ゴクンと飲み込む。無表情に鍵を差し込み、カチャカチャ言わせているあの少年にだけは泣いた顔を見せたくない。
「何をグズグズしてやがるコラ!」
「はいはい…」
家の扉を開け、ぐるりと見回ってきたらしいコロネロは玄関先でぼんやり座り込んだツナに容赦のない言葉を浴びせた。
「長く開けてねえからな。まず窓を全部開けろ」
「もう夕方で、空気が湿っぽいよ」
「でも開けろ」
仕方ない。
家主様(多分)の言うことには逆らえず、ツナはまず一階を回った。意外と広い台所、簡素な木のテーブルが置かれたダイニング、居間に洗面所、浴室。トイレ。(水道は通っているらしい。よかった)
無地のカーテンがかかった部屋が二つ、一つは物置になっている。それから―――
「なんだこれ」
「そこはいい」
ギャッ。
後ろから聞こえてきた声にツナは飛び上がった。廊下の突き当たり、階段下のちいさなへこみに見つけた上げ蓋は固く閉じていて、開けようたって開かなかったが。
「俺が行く」
コロネロはその細腕に似合わない怪力で上蓋を持ち上げると、つっかい棒をして中へ滑り込んだ。
ガタ、ゴト、音をさせて5分もしたろうか。
「受け取れ」
「えっ」
固い感触に黒いフレーム。嫌な予感がして恐る恐る見てみれば、やっぱり出ました。
「物騒なんばっか…」
武器一式。
拳銃小銃ライフルにショットガン。それぞれのマガジン。手榴弾に暗視スコープ。
渡されるまま次々積んでいると、やがてブロロ…と車のエンジン音がした。
「ちょ、ちょっと!」
「入ってくんな」
頭を突っ込んで呼ぼうとすれば、グイと手で押されて戻る。アワアワするツナが開いたままの玄関を見ると、農夫らしい男がトラックの荷台から段ボール箱を次々下ろしているところだった。
「どちらさまー!」
大慌てでぶっそうな数々を隠しながら叫ぶ。なにやかにや、言っているのが聞こえるがサッパリわからない。
「あ」
そのうち地下室から上がってきたコロネロが玄関まで出て、男と二、三のやりとりを交わした。尻ポケットから札を出して渡し、男は機嫌良く帽子をちょっと摘んで、戻っていく。
「閉めていいぜ」
「つったって…」
もう玄関に置かれた荷物を中に入れ始める。コロネロの切り替えについていけず、ツナは上げ蓋のつっかい棒を外して蓋を掴んで―――
「わガフっ!?」
重い、のだ。
ツナの腕はガクンと落ちて、危うく重い蓋に挟まれる所だった。寸前でコロネロが銃を一丁蹴り飛ばして滑り込ませ、事なきを得た。
「ああ、ああああぶなあぶないぃぃぃ!!!」
「………そうだな」
簡単に開けられないよう、その一枚にかなりの重さを付けているのだと解説してくれたコロネロは、食卓で豆をつつきまわすツナにうんざりしたような視線を向ける。
「いい加減にしろコラ」
「それは俺がこいつに言いたい」
「たかが豆じゃねえか」
「えい!くそ!」
基本的に不器用なのだ。見かねたコロネロが、これ見よがしに自分の皿の豆をフォークの背で潰す。
さす。
パクリ。
「………はやく教えてよ」
豆を食べる習慣が沢田家には無かった。
恨みがましい目でコロネロのフォーク先を睨んだツナは、思いっきり力を入れてフォークの背で豆を―――
ぴょーん。
ツナのフォークをことごとく拒否したそのにっくき豆は、食卓から2メートルも飛んで、実に上手に流しに落ちた。
コロネロがそっと顔を俯けて肩を振るわせた。笑っているのである。
しまいにパチパチと手を叩き出したディナーの同伴者にツナは噛み付くように話題をふるのだった。
2006.3.31 up
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