その日、裏世界に名だたるボンゴレファミリー、その栄えある10代目である沢田綱吉は、庶民であった昔には触れもしなかった値段のソファーに寝転がり、イヒヒアハハと大喜びでマンガを読んでいた。マフィアのボスというちょっと特殊な職業についてからも、この趣味は変わることが無かった。日本からわざわざ取り寄せたゲームやマンガに囲まれながら、休日を無為に過ごすことこそが彼にとっての究極の贅沢なのだ。
「ヘァッハッッハッハ」
どう考えてもまともな大人の出す声ではない笑いを23歳、喉の奥からひねり出し、どうやったらそこまでそうなると首を傾げる程捻れた体勢で―――それでもマンガ本を離さない。
その壮絶にみっともない格好に、彼の家庭教師をもう10年も続けている男は秀麗な顔を歪めた。それは眉を顰めるというだけの些細な歪みだったが、それだけでも空気が凍り付くほど眼差しは呆れを含み、厳しい。
「ツナ」
「ゲヒャヒャヒャヒー―――何?」
「ファミリーの事で、言っておきたいことがある」
「説教ならコレ読んでからにしてくれる?」
「違ェよ。聞けよ」
ぐり、と黒光りする銃口をこめかみにぐいぐい押しつけてやると、ツナは面倒くさそうにそれを一瞥し、ふはあと大あくびをかいて起きあがった。渋々、という風だ。
10年も付き合っていればそれなりに慣れはあるだろうが、それにしても酷すぎる。
しかし家庭教師ことリボーンは、それがこの沢田綱吉という人間の本質から来るものであり、どんなに口をすっぱくして言い続けても、殴っても、撃っても、やっぱり変わらないリアクションであることを知っている。天性の面倒くさがりなのだ。
「………ツナ」
「は、はい。聞いてます」
ちょっとは背筋がのびたのを確認し、リボーンはパァン、と口でだけ言って肩がびくりと震えるのを楽しんでから、用件を切り出した。
「獄寺の事だが」
「獄寺くんがどうかした?」
「ちょっと背筋が寒くなるような話を聞いたんでな―――一応、お前の耳にも入れておこうと思う」
「話…」
この辺になると、さすがにツナもマフィアのボスだ。
顔つきは3割り増しシリアスになり、マシになり、幼げな容姿とのギャップで逆に落ち着いてクールに見える。
これが部下どもには効くのか、とリボーンは少し納得したが勿論顔には出さない。調子に乗られても困るので。
「お前、あいつのプライベートに気を配ってやってるか?」
「プライベートォ?そんなの………獄寺くんにあったっけ?」
「ない」
リボーンは断言した。

獄寺隼人、通称スモーキン・ボム。歩く人間爆撃機。
いつでも蒸気機関車のような勢いで煙草をふかし、ダイナマイトを操り、ボンゴレボスことツナに心酔し、崇拝し、我主君の為ならば命を投げださん!という覚悟で使える部下一号である。
それ故に彼はファミリーとファミリーとファミリーの事を考えている。
つまり、ツナとツナとツナの事しか考えて生きていない。出会って10年、そのまんま。

「あいつの世界はお前を中心にまわっているからな」
「そうなんだよねー………ハア」
ツナは正直、そこまでコアな忠誠心に最初は恐れ、次は辟易し、最後は呆れて放って置いた。
止めろと言っても悲しげな顔をして首をつろうとするか、敵の中にダイナマイトごと突っ込んでいくかなのである。つまり死ねと言ってるようなものなのだ。
「獄寺くんのプライベートに何か問題が?」
「大ありだ」
リボーンは其処で派手に顔を顰めた。今度は顔の神経全部を使って、珍しいほどあからさまな仏頂面だ。いつもの自然な仏頂面とは違う。
やけに派手なパフォーマンスに、ツナの嫌な予感が増す。
「………で?」
「お前のせいだぞ。あいつ、あの調子だと一生男にゃなれねェだろーな」
「???」
獄寺くんは男だろ………?
首を傾げたツナだったが、次第にその意味が脳に浸透してくると、顔色が芳しくない。青いを通り越し白くなってきた。死人の顔色だ。
「まさか獄寺くん………」
「そのまさかだ」
「ウッソー?!本気で??この歳まで?有り得ないっ…」
「この耳でしかと、本人から聞いたんだ」
そう言うとリボーンは、首を振り振り肩をすくめた。

リボーンと獄寺がサシで杯を交わす機会はそうそう無い。仕事絡みで珍しく一緒になったのだ。ツナ以外にはすこぶる態度の冷たい獄寺も、リボーンの事は尊敬している。質問には、ちゃんと答える。
ふと、その場だけのつもりで呟いたからかいが、よもやこんな事態を引き起こすとは―――さしものリボーンにも想像は付かなかった。

「『オレはまだ清い体です!オレの全ては10代目の為にあるんですから!』とか力説されて、正直背筋に悪寒が走った」
「聞いた俺もとてつもなく恐ろしいんですけど」
「なんとかしろ」
「どうしろって言うのさ!」
「ボスなら責任取って女でもつけろ。男にしてやれ」
「やったんだよ!でも本人が嫌がるんじゃどうしようもないじゃんかっ」
ツナだって気にはしていた。獄寺の周りには余りに女の影が無く、仕事は激務と言っていい。いい息抜きになるだろうと女を都合してやれば、ダイナマイトをどっかんどっかん爆発させて追い払う始末。
挙げ句ツナの差し金と突き止めた獄寺は、いつもの強面を崩しまくって涙すら浮かべて結構ですと言い通したのだ。
「まさか獄寺くんがそんなことを考えていたなんて………」
なんて恐ろしい。

その会話以降ツナは悩んだ。獄寺の大事に思う10代目は、自分は、それなりに女性と付き合いがあって勿論初体験など大学生で(それでも同年代では遅い方だったろう)済ましてしまっている。対し、獄寺は忠義を誓って童貞。
酷ェ。不憫過ぎる。
「このままだと本気に一生童貞かもしんないなあ…」

思い悩んだ末、決意した。

2005.9.12 up


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