もう、ずっと前から間違っていたのかもしれない。今ではそんな諦めが顔を出し、どうしようもなく気分を鬱々とさせていた。 鉤裂きで駄目になったジャケットを無造作にごみ箱へ放り込み、新しい物に手を伸ばす。 一人暮らしをしていた時も、獄寺はそうだった。洋服、装飾品、もっと根本的に金。全ては黙っていても向こうからやってくるもので、また無ければ無いで過ごせなくもない。執着は無かった。 獄寺が求めるものはもっと象徴的で抽象的な、目には見えない物だった。自身が欲するところを理解しない間は闇だったが、十年前、あの稲光のように訪れた真理。 文字通り、身をなげうって仕えた。 銃弾に晒されれば自らで遮り、真っ先に特攻をかけた。邪魔者は全て消した。また、そう望んだ。彼が否と首を振れば従った。(しかし、いつでも虎視眈々と機会を狙っていた)そうしてまで忠誠を誓ったというのに。今、この状況は。 結局自分は道を誤ったのだろうと冷静な獄寺は判断する。 (邪魔者は全てなぎ払い、世界には彼と自分二人だけ佇んでいた。理想の世界には) この俺が邪魔なんですかと冷静でない獄寺は激昂する。 (有り得ない、俺以上に貴方のお役に立ちたいと願う者はいないというのに!) 年々狂信の度合いを酷くしていく獄寺を、綱吉は疎ましく感じたのかも知れない。もしくは右腕の視線に並々ならぬ熱を感じたのかもしれない。どちらも、事実だった。獄寺自身もどうしようもなかった。会ったときから、既に決まってしまったのだ。 だから獄寺は綱吉の判断に従いつつも、少しずつたまって既に限界に近い苛立ちを、衝動を、どうしようもなく仕事に注ぎ込む。離れた場所で、別のテリトリーで。 異常な仕事ぶりに、望むと望まざるとに関わらず―――獄寺の下には着々と力が集まっていた。古参の部下の数を軽く超え、獄寺の顔しか見たことがない新規の構成員が大勢居る。アガリの額も上々、取引は年々大きな物になっていく。 既にボンゴレ自体が大規模な上部組織であり、それに付随するファミリーの数も規模もケタ違いだ。獄寺は、そのうちの二つを一つに、四つを一つに、一つに、し続けた。蓄えられた力はやがて脅威となり、先日遠回しに下された宣告は命令を無視しこれ以上の拡大を続けるなら反抗勢力として討伐も辞さぬという冷たいものだった。温かみのかけらもない肉筆の手紙を、それでも握りつぶせぬまま獄寺は薄っぺらい紙一枚を胸にかき抱いた。望んだのはこんな事ではない。あなたが俺を遠ざけたりするからだ。 今ではもう若い時分とは違い、容易く潤んだりしない筈の涙腺がカッと熱くなる。酷い、酷いと叫び続ける幼い自分と、やはり貴方も俺を裏切るのかと勝手に恨む醜い年かさの自分が束になってぐるぐると責め続ける。気分の悪さを助長され、獄寺はその一瞬正常な判断を失ってしまったのだ。 通りに面したホテルの窓を開け放つ。 本来なら自殺行為だ。何時如何なる時も暗殺の危険を考えれば、ボスは勿論名のある幹部連中は全員カーテンをちらりと開けもしない。だが、今はどうでも良かった。 夕方のラッシュで通りは車に埋め尽くされている。タクシーが荒々しくクラクションを鳴らし、通行人が顔を顰める日常の光景を下に、獄寺は前屈みになる。ベランダへ手を着き、身を乗り出して下の地面を見詰める。コンクリートの硬い地面か、歩道へ幾何学的な模様を描くタイルか。どちらでもいい。こんな時ですら頭は冷静に景色と状況を分析し、尤も効率の良い位置はこのままなにもせずふわりと落ちていくことだと獄寺は理解した。宙に浮かぶように。やわらかいものはおおよそ見当たらなかった。 吸い込まれるように体は下へ、下へ。 一台、車が入ってきたせいで通行人が途切れる。そのぽっかりと開いた間が「今だ」と囁いた気がして、獄寺は目を閉じた。 閉じようとした。 しかし其処で、車から降り立ったのは今尤も会いたく、また会いたくない人物だった。明るい茶の髪色が外灯に照らされ、次々と降り立つ部下の撫でつけられた後ろ髪もてかてかと光る。どうして、なぜ今になって――― 爆発。 2006.9.9 up next |