反射的に落下を止めた。握りしめた鉄柵がミシミシと言う。
やはり装飾に重きを置いただけあって強度に問題有りだなと冷静に分析しつつ、獄寺はぶら下がった体勢から身を躍らせる。2階下のベランダに着地すると、やはりそれはミシミシ言い、最終的にぐらりと傾いだ。
気にしない。
同じ要領で下りていく。物音に気付いたあの人が顔を上げ、その大きな目を見開いて一言呟いた。
「ありえねぇー!」
呆然としている護衛を殴り倒し、獄寺はそのまま小さな手を取って走り出した。通りの向こうまで走って引っ張って、丁度止まっていたタクシーの扉を蹴る。開いたドアにその身を押し込めば対向車線から激怒して追ってくる何人もの顔が見えた。
「なんでもいいからぶっとばせ!」
シートを蹴り付けると運転手は顔を顰めてアクセルを踏んだ。丁度、通りが一瞬だけ空いた、奇跡のような瞬間に車は走り出しあっという間に細く入り組んだ裏道に入ってしまう。追っ手は間に合わない。

「大丈夫ですか?」
「ぜんぜん」
驚きのあまり始終平仮名になってしまっている、無理もない。
まだ幼い彼は変な事態に対応するまで少々時間がかかるのだ。
「獄寺くん」
「はい」
「そ、そう。獄寺くんだよねえ?ん、俺、間違ってないぞ」
「間違ってません」
「でもなんで窓から下りてきたの?」
「10年バズーカについてボンゴレは戒厳令を敷かれました、ボヴィーノの技術が流出する事態を憂いて。あいつらに見られたんじゃすぐ広まっちまいますよ」
スラスラと出てくる言い訳に獄寺は自分で呆れる。
「10代目」
「え?」
「お久しぶりです」
「ああ、うん」
小さな手はじっとりと汗で湿っているし、目線は落ち着かずキョロキョロしている。
それでも獄寺が状況を理解し、此方ではどうにかする力を持っていると判断したのか、少し力を抜いてぐったりした。
「俺―――やっぱりアレになっちゃったの?」
「アレって?」
「アレだよアレ」
戸惑ったような、嫌がるような、微妙な雰囲気を漂わせて眉を寄せる。
表情の一つ一つが素直で、飾ったり覆ったりするような不自然さがない。まだ、この彼は何も知らないのだ。
「ここって10年後でしょ?」
「そうですね」
「獄寺くんは10年後の獄寺くんで」
「はい」
「俺は10年後の俺………どこ行ったんだろ。ああ、そっか。あっちか。うん、うん」
一人で納得しているその小さな手や小さな頭、今よりもずっと細い首や小さな膝頭を眺めながら、獄寺はひたすら微笑んでいた。
「聞きたいけど聞きたくないなあ………うー、でも聞かないと先進めなさそうだし」
ぱちりと瞬く瞼から突き出た睫毛までも茶。
「獄寺くん、今の俺どうなってんの?」
「お叱りを頂いてます」
「は?」
獄寺は「獄寺くんと今の俺どうなってんの?」だと勘違いしていた。





「お叱り?」
獄寺は無言で抱いていた紙を差し出したが、「イタリア語なんて読めないけど………」と半目で断られ、訳した。
綱吉―――小さなツナは、本当に自分がこのイタリア語の文字を書いたのかと訳の分からない所で感心した後、ようやく事態に気付いたようなのだ。
「もしかして獄寺くんと俺、喧嘩してるの?」
「喧嘩………ですか、ねえ。まあそう言えなくもないのでしょうか」
「なんで?」
「俺が命令を無視して勝手やってるからッスよ」
「あぁ、良かった」
ツナはトンチンカンな事を言ったが、直ぐに慌てて付け加えた。
「獄寺くんなのに獄寺くんらしくないしゃべり方するからさあ。なんか尻がむずがゆくなっちゃって」
「これは―――」
「うん、分かってる。大人だからだよね」
違う。
獄寺は自分の記憶を遡る。物言いを徹底的に改めたのは、他人行儀なのはそう自分が堰を作り距離を置いたからだ。
「でも何か気持ち悪いからいつものにしてくれると嬉しい」
「はあ」
「うん、うん」
ツナは一人納得すると、確認するように頷いてへらりと笑った。見ているものを脱力させるような。
獄寺に限っては、安心させるような。
「ごっ………獄寺くん?!」
痩せた頬にツツウ、と涙が伝った。

2006.9.9 up


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