よりによって今か………ツナはもうもうとした煙に包まれた後、密かにため息を漏らした。煙が晴れてくると視界はより明瞭になり、唖然としている小さな子供ともっと小さいけれど平気で愛銃の手入れをしている赤ん坊の姿が見えた。
「やあ」
さっきまで泣き喚いて居たのだろう。子供の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、おまけに顔中擦り傷だらけだった。どういう場面だったか思い出そうとして―――早々に諦めた。こんな事は日常だったからだ。
「小さなランボ、こんにちは。リボーンも。しかしお前は変わらないな」
「ダメツナか」
「ツナ………?」
怯え、腰の引けていたランボがおずおずと手を差し出す。
それを軽く握ってやりながら、ツナは笑った。嘘くさい、みかけのものではなく心の底から笑ったのは久しぶりだった。
膝の上にまだ若干緊張気味のランボを抱き上げ、見窄らしい自宅のパイプベッドの上に座る。丁度、マイペースで銃身の焦げた火薬を丁寧に取り除いているリボーンを正面に見据える形で口を開いた。
「5分じゃとても駄目だ。心の準備が出来てない。更に今、尤もサシで顔を会わせたくない」
「貸してやろうか?」
「間に合ってるよ」
手入れの済んだ予備の方の一丁を振って見せた師のかつての姿に、ツナは懐を開いて見せた。吊っている。
黒光りするその台尻を、赤ん坊の艶やかな目を眇めて認めたリボーンはまた元の作業に戻った。
「滞在時間を延ばしてくれ、リボーン」
「その馬鹿げた玩具はオレの管轄じゃねえ」
「でも出来る筈だよ。俺はそう聞いた」
ツナは柔らかく微笑み、同時に有無を言わせぬ気迫もあった。
しかし奥底には相手が自分の思うとおりに動いてくれるだろうか―――という不安がほんの僅か目の底に揺れ動いている。他の者なら堂々とした態度に感服し、その慧眼に膝を着く場面もリボーンに対しては役に立たなかった。
「はっ」
馬鹿にしたように笑うと、リボーンはそれでも何かを弄り始めた。
「お前のそのどうしようもないビビリっぷりは一生のモンか?それともトシくってオレの教師の腕が落ちたか」
「それはない。一生ものに一票」
「全然嬉しくねえ」
頭上で飛び交う意味不明の会話より、ランボはツナの成長した腕と膝に安らぎを見いだしたらしい。
すぐにスウスウと寝息が聞こえてくる。ゆるゆる撫でる手の感触に屈したのだ。

「相手は誰だ。ヒバリか?」
「獄寺くんだよ」
「ほぉ」
予想外、という顔をしてみせる赤ん坊に、ツナは外面を取っ払い、ふてくされた子供の顔をして返す。
「10年後、想像出来るか?彼を想像できるかよリボーン?」
「ちったあマシになったか」
「酷くなってるよ」
ヤレヤレと肩を竦めるツナの仕草には、少しの老人臭ささえあった。
「どうもズレてるな奴は」
「俺の記憶が正しければスカウトしたのはお前じゃないか?まったく………そのズレがファミリー存続の危機を招いてる。俺は今2託を迫られていて―――つまり、彼を殺すか生かすかだけど」
あっさりと言ってのけるが、その顔色はよろしくない。
「お前はどうしたい?」
「わざわざ聞くな。決まってるだろ」
「貸してやろうか?」
「いらないよ!」
冗談でも笑えない。
銃をはね除けたツナはそこでやっと噛み付きそうな形相になった。
「ああ、ああそうだったよ。お前はさっさと獄寺くんの始末に向かったさ!だからこうして急いでるんじゃないか」
「だろうな」
未来の自分の選択に些かの疑問も差し挟まないのが、幼くしてもプロフェッショナルである。
「それでなんで面ァ合わせたくないだのと、女みてえにぐちぐち言いやがる。オレの腕が落ちてるのか?」
「ますます冴え渡ってるさ!でも、俺が此処に居るということはつまり、向こうには10年前の俺が居て、そういう―――不確定の事態お前は」
「その時に限って即断即決もありえるぜ」
「動かないよ。最終的判断は保留にする。してくれる。俺はお前を信じる」
「こっぱずかしい奴」
赤ん坊は耳に小さな指を突っ込んで掻き回した。
「聞きたくもねえが聞いてやる。つまるところお前と獄寺はヤったのか」


(十分な沈黙)


「ヤってない」
「何をちんたらしてやがる」
「そう物事は単純に運ばないんだ」
「獄寺は不能か?お前の貞操観念が修道女並みなのか?」
「どちらでもない。どちらも確認済みさ。なんてーか、まあタイミングが合わなかったんだろうな………」
ツナは膝でクウクウと眠る子供を撫でながら過去に思いを馳せた。
「俺はまあ、高校卒業ぐらいには覚悟が出来てたんだ。でも無かった」
「………」
「イタリアに渡る日になっても、渡った後も、就任した夜でさえ彼は自室へ帰った」
「気のせいか?なんだか恨みがましく聞こえるぜ」
「挙げ句部屋に女を呼んだ。その後はもう、とっかえひっかえだ。しつこくも茶髪の女は丁寧に避けて、派手な赤毛やブルネットの女ばっかり。間接的に聞かされる噂の数々から総計すると、彼はマフィアの癖に女に冷たい、淡白で、タフな」
「嫌味野郎だ」
「その通り」
ツナは指を突きだした。
「お前が全然教えてくれなかったせいだけど、俺は驚いたよ。こっちの人間は些細な事で大仰に感動するし、リボーンマジックでなんとかマシなボスめいたものになった俺にいとも感嘆に忠誠を、愛を誓うんだ。そういう誘いなんざもう既に山ほど頂いた。大して珍しいものじゃない!」
「まあな」
「其処の所だけ綺麗さっぱり彼は消去しているとしか思えないね。じゃなければ俺を神格化して、きっと一人で○ス○くこともしやがらないんだぜ」
「ああそれはない。一人の時にこっそりやってる。男ならみんなそうだ」
ツナは微妙に嫌そうな顔をしたが、まあ、まあと納得もした。
「そうか。そうだよな」
赤ん坊はもっとあからさまに顔を顰めたが、未来のファミリーの存続の危機などと聞いてしまうと、先へ進めずには居られない。
「つまりお前は拗ねてるんだな。女みたいに、誘いがくるのを待ってる訳だ」
「ははは、手厳しいねリボーン」
お前だって大仰じゃねえかとリボーンが突っ込みたくなるオーバーな仕草でツナは笑った。
「俺だって怖いんだ………全部勘違いだったらどうしよう、とか」
「臆病だな」
「分かってるだろ?それに、自分が本当に彼をそういう意味で好いているかと言われればこれまた自信が無い。ただ失いたくないだけかもしれない」
「なら女に嫉妬することもあるまい」
「そこの所が曖昧でね。俺は彼女等を気の毒に思うが、羨ましくはない。そういう形でしか吐き出さない彼に若干の軽蔑と苛立ちを抱くよ」
「ふん………」
「とすると、これは俺の極端なそれこそ―――貞操観念に、気に障ってるのかも?」
「気色悪いな」
「一途なんだよ」
「お前の未熟な自己分析の採点をしてやろう。0点だ」
「言うと思った」
「お前は奴を好きなのさ。人並みに独占欲もある。性欲は多分後からついてくる、ただ絶望的に全ての感覚が鈍いだけで、ちゃんと嫉妬もある」
「うん………」
「でなけりゃ苛々しねえ。気色悪いで十分だ。始末に躊躇いを覚える筈もない」
「そうかなあ………」
「そうだぞ」
リボーンは全てを口に出している訳ではなかった。
恐らく、未来の自分がこのデクノボウの指示も無視し独走状態なのは、それこそ嫉妬のせいなのだろう。自己憐憫は趣味ではないが、悪戯に理解の広い癖に「絶望的にニブイ」この男相手なら、そもそも勝ち目は無かったのだ。
「お前はとうに選んでいるじゃねえか。迎えに行けよ」
「いやあ。でも」
「は?」
「顔合わせづらくて、その」
「はあ?」
「しばらく、ふ―――二人では、会ってなかったんだ。気まずいよ」
呆れ果てたリボーンの手元でカチリと音がした。

2006.9.11 up


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