地下道の湿った空気を嗅いで、ツナは鼻をひくつかせていた。手を取って前を進む獄寺の、10年で成長した肩とか、スーツに包まれていても分かる太い腕とか、骨張った指の感触すら、置いていかれた感を助長して切ない。 こういう事を考えるのもどうかと思うが、14歳のツナにとって獄寺は友人で、同級生である。こんな、10も年上の大人でいられると、なんとも対処に困る。 ―――10代目。 いつでも一生懸命な獄寺や、九つ十も違う癖にランボと一緒になってぎゃあぎゃあやっている姿がもはや懐かしい。つまるところ、ツナは不安を感じている訳だ。知っている人間の知らない一面を見て一歩引くように。寧ろ知らない所の方が多い。 「ここなら」 獄寺は振り向いた。 「リボーンさんも、見つけるのに苦労する筈です。規則性無く作られたせいで迷路になってます。未だ、正しい地図すら特定できていないんです」 「そ、そう」 「でも大丈夫です。調べました」 「うん?」 「此処を使う時、全部調べました。大体頭に入ってます、ご安心下さい」 そもそもなんでリボーン(大きくなったリボーン!)から逃げ出さなければならないのかとか、その怖い顔は一体誰のせいなんだ………話の流れから行くと未来の俺か?的思考に振り回されたツナは早々に結論を諦めた。 獄寺は知っている彼と違い、頑なで頑固そうな顔をしていた。今気付いたが、目の下にクマが出来ている。 元々鋭い目つきが凶悪な程吊り上がって、怖い。 「うん………」 「大丈夫です」 ツナの不安を獄寺はこの地下道によるものと思ったようだ。 クリーム色のタイルが湿ったコンクリートが、カツカツと足音を響かせる。 ツナは部屋の中だった。靴下のまま道路を走ったせいで足が痛い。埃と土で汚れたそれを気にしていると、大きな獄寺は跪いた。 「え??」 「すみません、オレとしたことが。気付かなかった」 差し出された腕をまじまじと見詰めてしまう。 ツナはややあって、とんでもないと首を振った。健全なる中学生の彼には同級生に抱えられるという恥を、例え10年後でも晒せない。 「じゃあ」 「そうじゃなくてね………」 なにをどういう方向に勘違いしたのか、背を向けた獄寺にツナは脱力した。 変わらず獄寺くんはズレてるな……… ああでも………ある意味そのままで……… ちょっと安心したツナはそのノリと勢いで獄寺の背に腰掛けた。 「あの」 「ん?」 「そうではなく」 「いいよ。ここでリボーンが来るのを待とう」 ツナの尻の下で獄寺は彫像のように固まった。 少々生温かいが座り心地は悪くない椅子。 「大丈夫。俺がリボーンに言ってやるよ」 小さなツナは自信無さ気に言った。それはもう、つついては泣きそうなぐらいの。 「大きくなったリボーンか!そうか………さぞかし怖いんだろうなぁ、さっきは夢中で深く考えなかったけど俺はさっきアレに怒鳴ったりしたなあ」 獄寺はなんと言っていいか分からず、言わない方が良いだろう事を言った。 「怖いですよ。オレは、あの人が世の中で二番目に怖い」 「一番はビアンキ?」 「違います。姉貴は怖いのじゃなく嫌いなんです」 「へえ、誰だろう」 貴方ですよという言葉を飲み込んで、獄寺は笑った。こんな暢気な会話を交わすのは何年ぶりだろうか。 「教えてくれないんだ。10年経ったら、分かる?」 「そこまでのネタでも………はは」 「そう」 ツナは獄寺の背に腰掛けるのをやめ、埃で薄汚れたコンクリートのでっぱりに移った。背中から重さが失せて寂しいのと、不遜だと思う。 「座ろうよ」 「…いいんですか?」 「決まってるよ。可笑しいな」 「失礼します」 獄寺の遠慮は、ツナにはとても可笑しいものに思えた。普段何も言わずに右に来て収まっている癖に。 獄寺が座ると、スーツからは煙草の匂いがした。取り出した箱は絵柄が違うし、ライターは高そうで重そうだ。銘柄を変えたようで―――少しいがらっぽく、キツめの香りになっている。 焦りが波のように引けているのを感じ、獄寺は安堵に泣きたくなった。 紛らわせる為に一本くわえて火を点けた。 昔はこんな風にしていたのか。懐かしさに胸が詰まり、煙がきつく咽せ込んだ。滅多にない事で驚く。きつい。 今更に気付く。会わなくなってから本数も増していたのだ。 「ゲホ………」 「だ、大丈夫?」 涙を浮かべて咳き込む獄寺の背に小さな手の感触がした。ツナはその咳き込みの、あんまりの激しさに若干引きつつも斜めから顔を覗き込み、心配げに、スーツの背を撫でている。 いっそう激しく咳き込んだ獄寺はずるずると尻を滑らせるようにして地面に膝を着く。 「10代目」 「うん」 「すみません。申し訳ありません。オレが。オレは」 「うん、うん」 膝の上に頭。子供のように泣きじゃくる大人を前にツナは完全に途方に暮れていた。 ええ、ええと。これはランボ?違うランボじゃない。獄寺くん………しかも大人の………大人の癖にわんわん泣いてるよオイ。 どうしよう。 とりあえずツナはいつもランボにしているよう、目を閉じて前屈みになり、よしよしと獄寺の広い背を撫でた。頭も。ランボと違い、獄寺の髪はもしゃもしゃはしていないけど、ちくちくと刺した。それに頬をつけてひたすら頷く。 いやだ、大人が泣いてる時ってどうしたらいいんだ?下手な事も言えやしない、困った。本当に。 2006.9.11 up next |