出勤しない訳にもいかず、着替えて出た外の空気は濁っていた。時計の表示は11:23、とうに遅刻の時刻だがそれはこの際どうでもいい。市電を使って昼近い街を移動する。申し開きは三千と胸に渦巻いているが、吐き出すときは注意が必要だった。何処で何をつつかれるか―――たまったもんじゃない。

市警に借りているデスクに行く途中誰も嫌味を言わなかったのが不思議で、臆病に辺りを見回すと大体皆出払っていたが、一人が気付いて唇に指をあて、スイと扉を指さした。
解決が見えず滞在は既に数ヶ月にもなる。後続とバトンタッチかと思いきや、中にいたのは正真正銘本物の上司だった。(今まで俺の頭を小突いてたアホは先輩というだけで、別に階級的には上じゃない。経験と権限が違うだけ。最も大分それで違うけど)
ケツに緊張が走る。途端、前日のダメージが効いて俺は無様にもウッと呻く。上司は一捜査官であるだけの俺に座りたくないなら座らなくてもよろしいと頓狂な断りを突き付けた。
「何があったかは重々承知しているよ」
眼鏡の奥からじっと見据えられて俺は派手に顔を顰めた。ジョークに笑う気分ではないし、慌てるのも馬鹿らしい。
「よくやった」
耳を疑う一言に、やけになって椅子に腰を下ろす。ジーンと痛んだがそこはそれ、我慢して飲み込む。
「向こうから接触してきたのは初めてだ。我々は幾度も息のかかった人間を側へ送り込もうとしたのだが、失敗している。彼は条件付きで協力を承諾したよ」
「話したんですか?」
「君が帰った後、直ぐに電話を」
「冗談でしょう」
ああ、頭が痛い。
頭を抱えて唸っても、欠片も同情を頂けなかった。上司は続けた。
「君も知っている通り、あれだけ顔の利く人物だ。繋ぎを付ける事が出来たのは我々にとって幸運だった」
「俺は不幸ですよ」
「君の意志はこの際どうでもいい。権限を与えよう、捜査を続けてくれ。彼と協力して」
頭を殴られたような衝撃。
「部下を一人寄越す。が、話をするのは君一人と―――同行人は認めないそうだ」
「つまり………」
俺は餌?
言外にそう問えば、薄笑いが降ってきた。最悪。 

2007.2.2 移動


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