春の夢
講義にはギリギリ間にあった。ツナはハアハア息をつきながらぐるりと教室を見渡す。
大学に入ってから出来た友人の何人かが、にやにやしながら此方を見ている。しきりに自分の頭を指さすので、ツナは手を上にあてた。
なるほど、いつにもましてスゴい寝癖。
ドライヤーをあてる時間も余裕も甲斐性もない(めんどくさい)彼は実に個性的な髪型を維持している。
フン、もう開き直ったってーの。
これについては散々言われているので慣れっこだ。知らぬ顔してノートを開き、とりあえず一発落書きをする。
落書き、だってさ!
(本当にどうしちゃったんだろ………)
失恋の痛みに打ち震えていた昨日までのさわだつなよしは何処へ行ったんだろう、疑問に思うほど気分がスカッと爽やかで戸惑う。
いつものようにマズい学食を食べ、(今日は天かすしか入ってないのにてんぷらうどんと言い張るてんぷらうどんにしてみた)午後の講義は半分寝ながら流し、友人達とバカ話をしながら校門を出る。
「沢田お前今日もバイト?」
「月火以外は殆どそーだよ。言ってなかったっけ?」
ツナがバイトを始めたのは1年前からだ。彼女へのデート、プレゼント、旅行資金、そしてちょっぴりゲームとかマンガとか………のつもりで始めたのに、いつの間にか生活の一部になってしまっている。最初注文取りや料理運びのつもりで入ったら、これが自分でも笑えるほど泣けるほど使えなくて、見かねた店長が試しに厨房に入れたのだ。
元寿司職人の板さんが仕切っている、一居酒屋とは思えないほど気合いの入った厨房だったが、幸いツナは料理が出来た。リボーンにつけられた家庭科家庭教師(ややこしい)ビアンキによるぢごくの特訓のおかげである。
失敗するとバカねえじゃあ私のお手本を食べなさいとぐいぐいポイズンクッキングを押しつけてくる彼女の教えにより、ほぼ強制的に料理の腕をあげさせられたという―――
聞くも涙、語るも涙の事実が其処にはあった。
が、友人達は知る由もなく。
「お前ンとこ高ェんだよなー」
居酒屋なのだが、店の造りも味もいい。その分他より少し敷居が高いのがネックになって友人達はなかなか来られないようだ。
「金貯めてきてくれ。それじゃ!」
「あっ、こら沢田!つめてえのー」
友人の声を背にして、ツナは走り出した。
ビアンキと言えば。
獄寺くん元気かなー。
ツナが脳裏に思い浮かべたのは、彼女の弟こと獄寺隼人のぴょんぴょんにはねた後ろ髪だった。
高校まではピッタリガッチリツナから離れずにいた彼だが、卒業と同時にイタリアへ帰国した。大学進学よりも、ツナが安心してボンゴレのボスにつけるようにと、そちらの準備を整える事を選んだのだ。
期待に満ちたキラキラおめめで『お待ちしていますからね10代目!』と空港で抱きしめられたのがもはや懐かしい。
折角のスーツも、婦女子に多大な人気のあるお顔も、台無しになる光景であった。一緒に見送りに来た山本がべりべり剥がしてくれなければツナは窒息していたに違いない。
その山本とは高校進学で別れた後も遊びに行ったり来たり、今も友人関係は続いている。やはり野球の道に進んだ彼は甲子園優勝、ドラフト指名などと野球少年なら誰もが夢見るシンデレラロードを飄々と歩み、ルックスもずば抜けているせいでお茶の間のアイドル選手になってしまった。
その携帯番号を持っている、というだけでツナはどきどきものなのだが、本人はいたって気にせず、休日になればすたすた徒歩でツナん家まで遊びに来てしまうのであなどれない。
「はよーございまーすっ」
店の裏口から入ると、まず店長が顔を出した。今日は予約のお客さんが入ってるから〜と言われ、気合いを入れる。きっと戦場のような忙しさに違いない。
着替えて厨房を手伝っていると、30分もしないうちに開店時間だ。
予約の団体様は7時到着だっけ。
忙しくこまねずみのように働いていると、にわかに外が騒がしい。
冷めた料理なんぞだせるかよゥという江戸っ子口調な料理長(しかし出身は長崎だ)の指示で肉の下ごしらえをしていると、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「沢田くーん!沢田くんいる?」
「はい」
「ゴメン、バイトが一人遅れるって!今だけホール出てくれる?」
「後悔しませんか?」
「わかんなーい」
ケラケラと笑い声が上がった。料理長もにやにやしている。
ツナのドジっぷりは皆が知るところなので、面白がっているのだ。
「案内ぐらいなら………」
手を洗ってもそもそと出ていくと、ちらほら座っているお客が先付けをつついている。
「いらっしゃいませー」
ぞろっと、その視線が外へ向いた。
団体様のおつきだ。
ツナがのれんの下から覗き込むと、店の外に出た店長が緊張の面もちでお相手している。なんだか皆黒いスーツ姿でガタイがよく………
何というか………
明らかにカタギじゃない………?
「お待たせしました、此方でございますっ」
妙にうわずった店長の声。向かってくる団体様。
ギクリとした顔を一瞬で矯正して、ツナは笑顔を無理矢理作った。商売は笑顔が基本だそうで。怖い人達なら、睨むとかありえないし笑顔笑顔。
必死で自己暗示をかけていると、のれんを片手で上げて客が店に入ってくる。
「いらっしゃいませ」
ぺこりとお辞儀をし、案内する部屋へ体が傾きかけたツナは一瞬、固まった。
そして体が横から、また元に戻る。
見る。じっと。
大きく目を見はって見つめるツナと。
口をへの字に曲げたまま、その目だけが表情を変えたその人は。
「………どうして君が此処にいるの?」
「そりゃ此処が俺のバイト先だからですよヒバリさん………」
なんというか、いやはや軽く5年ぶりぐらいだ。
中学の時の強烈な、恐怖の、記憶が怒濤のようによみがえりツナはその場に立ちつくした。反射的に返事できたのは幸いだった。でなければ無礼者と殴られていただろう。
ヒバリさんだヒバリさん、うわあ懐かしいっていうか怖いっていうかどうして俺、
この人のこと忘れてたんだろ。
そう、ツナはヒバリの事をすっかり忘れていた。
彼は確か、そう、自分より一つ上で。多分。
僕はいつでも自分の好きな学年だとか言ってた割にあっさり卒業して有名な名門校に進学したのだっけ。ヒバリさん頭良かったんだーとかアホみたいに感心したのを憶えている。
それで………
「校風が合わないってわざわざ不良の巣窟校に途中編入したニュースまでは分かる………」
口を湿らすかけつけ3杯=生ビールをよいしょと運びながら、ツナは一生懸命記憶を掘り起こしていた。
突拍子もない行動を!さすがヒバリさん!
そうやたら納得したのも思い出した。
半分上の空で失礼しますーとテーブルにジョッキを置く。
予想通りズラリ並んだ強面は、ナントカ組とかホニャララ会と案内板に書いてあるべき光景で、その上座に座ったヒバリは当然のようにそれを仕切っている。何も言わずとも、気配で仕切っている。オソロシイ。
極力存在を消して仕事をするツナの努力をしかし、ヒバリは台無しにした。
「沢田綱吉」
「ハイッ!」
なんでフルネームで呼ぶのさ!?
びくびくしているので、思わずよい返事をしてしまう。視線だけでこっちこいと言ってるのが分かったので、ツナは小走りにヒバリの側へ駆け寄った。
「………」
「こ、こんにちは」
久しぶりに見たヒバリは、すっかり大人になっていた。
というか、中学生の時点で大人………というか、自分と同年代に見えない、むしろどっか違う星の人間なんじゃあ?!と思っていたので、その変化は単純におおおお大きくなったー!というものだったが。
大人っぽい黒のスーツのせいかもしれない。
ネクタイこそしていないが、雰囲気はすっかり落ち着いている。視線の巡らしかたから些細な仕草まで、とてもゆっくりで、独特の静かな迫力がある。
多分これがケンカになったら恐ろしく早く動くだろう腕と手と袖から覗いている骨張った手首を見ながら。
ツナは違和感を感じていた。
ヒバリの表情は相変わらず平坦な凪だったが、目の黒が戸惑ったように揺れている。記憶の中のヒバリはいつも面白くなさそうにつっけんどんか、戦いの興奮にギラギラしていた。こんな目をするような男では―――ない。
はずなのに、頭のどこかにひっかかるような感じがする。
「何してるの、今」
「大学、行ってます。その後ココでバイトかな」
「3年か」
「ヒバリさん………は」
「卒業証書は今年中に送られてくる予定だね」
うへぇー。
なんかどっぷり黒い発言を聞いたような気がするけど、気にしないことにしよう。
「会社の皆さんですか?」
「こういう騒がしい場は嫌いなんだけど」
シーン。
強面の男達が一斉にしょぼんとする。ビクついたツナを余所に、ヒバリは言いたい放題絶好調だ。
「ホントくだらないよね。ま、今日はたまたま気が向いたから」
「お疲れさまです」
ぺこり、と頭を下げて側に座る。ヒバリは一瞬驚いたように目を向けたが、スッと正面へそらした。
一方ツナは大分緊張がほぐれていた。ヒバリさんはあいかわらず怖い人みたいだけど、さすがにあの頃よりは会話が成立してる。ビバ大人!ってカンジだ。俺も、こうなら大丈夫みたいだ。
そんな事を考えてにこにこしていると、ヒバリのお許しが出て宴会が始まった。最初こそ遠慮していてコソコソしていた男達も、酒が入ると徐々に音量が大きくなってくる。
それでも他に比べたら、圧倒的に静か。躾がなっているようだが………
「君はまだあの連中と一緒?」
「あの、獄寺くんは帰国して………いないです、けど。山本とは時々。あいつ忙しいから」
「ああ。そういえばテレビで」
「見てくれたんですか!?山本スゴイですよねー!」
調子にのって喋っていると、遠慮がちに顔を出した女の子に呼ばれた。
ツナは立ち上がり、空になったジョッキを回収しつつ仕事に戻ることにする。
「じゃ、俺仕事なんで!ゆっくりしてってください」
ぱぱぱっと手を振って、へらりと笑い。
大急ぎで厨房に戻っていくツナの後ろ姿を、ヒバリは複雑な表情で見つめていた。
2005.9.17 up
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