春の夢
居酒屋に集まる類というのは千差万別、どんなのも来るわけで、中でも男の集団や会社の集まりなんかは2次会にもつれ込むことが多い。
強面の集団も例に違わず、来たとき同様割とあっさり帰っていったので店の皆(客含む)はほっとしていた。見た目に反してトラブルも起こさず、静かめで、とても酒が入っているとは思えない統率のとれた足並みで帰っていくあたり、さすがヒバリさんだなあとツナは阿呆の如く感心した。
厨房と店側を仕切るのれんをかきわけ、ありがとうございましたと挨拶をしたところ。
外へ向かいかけていたヒバリがぐるんと急転回し、ズカズカ向かってきたのでびっくりした。
「何時に終わるの」
「えー、えーと、その時によって…」
大体が店が落ち着いてくる24時前後、だが時に残業も入る………けど………
相変わらず空気がビシビシ凍り付いていくよーな威圧感を真正面から受け、ツナはそろそろ過去を思い出して助けを求めるようなマナザシを店長に送る。
すると、必死でしかも小声で『もー帰っちゃっていいよー!ウン!』とぺこぺこする姿があった。
ヒバリさん怖いんだもんなー。
ちらりと横を見ると、腕組みで仁王立ちで(変わらぬスタイル!)当然のような顔をしている。
「………だ、そうです」
「あっそ」
用件を聞くだけ聞いたらプイッと出ていってしまう。
なんだろう、どっちよ?と思いながらお疲れさまですの挨拶をして帰り支度をする。遠慮がちに顔を出した店長が大丈夫なの?あれ、うんたらかんたらの社長だよね?などと聞き慣れない会社名(組とか会じゃないんだ………)を言ったので、そうかヒバリさんそんな事になってんのかーと感心しながら笑顔を返す。
「中学校で先輩だったんです」
「なら安心か!」
子機を握りしめているあたり、警察に通報してくれるつもりだったのだろうと推察できる。
そこまでの危険人物扱いに苦笑いしてしまう。
しかし、ツナは数秒間怯える店長をニコニコと眺め………
はたと思い出した。
(そっ、そういやヒバリさんって危険人物っていうかもはや触ると即死かドカンの方向で危険物扱いで超・凶・暴だし『得意なことは理不尽な暴力です』みたいな人だったじゃん、か!!)
大人の物腰と眼差しにすっかり油断をしていたが、中学では結構酷い目にあっていた。
どどどどーしよー………
着替えをすませたツナは、裏口からソロリ、ソロリと忍び足を出した。さっきなんか俺、調子乗って友達自慢なんかしちゃったし、結構気安い口聞いてたし。
やられる。
もれなくやられる。
油断なく周りを見回しながら、そっと進む。店の裏通りはゴミゴミと夜の店が集まった繁華街、ところどころに得体の知れないゴミや中身を考えたくない嘔吐物などが落ちていて、ドラクエも真っ青なトラップ満載の地雷地帯だ。
「ん、大丈夫そうだな」
「何が?」
ヒクッ!
ツナが思いっきり息を吸い込んだのは、ヒバリがすぐ側にある店の影からぬうと出てきたせいだ。黒服黒髪なので忍者のように闇にとけ込んでいたらしい。
「ヒヒヒヒバリ、さ」
「済んだの。じゃあ行くよ」
「あうっ」
ヒバリはその長い足を駆使してスッタカターと歩き出したが、ツナが小さい犬のような声を出した途端振り返ってじっと見る。
というか、睨んでいる。
「グズグズするんじゃない」
「ははははいっ」
夜の繁華街は、下手をすると客引きや不審人物に絡まれる。いい意味でなくとても大学生に見えないと評判のツナは、なるべく早足で通り過ぎる場所だ。
しかし今回はヒバリがいるので、その必要すらなかった。ヒバリが先をさっさと歩くと何か本能的な危険を感じるのか、向かい来る通行人どころか同方向へ進む人間までも道をあけ、極まれに、強面のおっさんが唐突に道の端っこで頭を下げたりするので大変楽………もとい、心臓に悪かった。
「はっ、はっ、はぁっ」
それはいい。けど。
―――早すぎる!
ツナのコンパスでは明らかに追いつけないスピードに、次第にヒバリとの距離が開き始める。みっともなく息を荒げて追いすがる。
なんなんだあの人んとこだけ走る歩道とかになってんじゃないだろーな?!
もしくは中国の奥地やなんかに行って、仙人から秘伝書を分捕って(どうもヒバリという人間は修行などという地道な行動を連想しにくい)韋駄天歩きでもマスターしてきたのだろうか。
「はぁっ、はぅっ、はぐっ………」
日頃の運動音痴がたたり、ますますノロノロになったツナはとうとう立ち止まってしまった。
なんの因果か前世の業か、丁度いかがわしい風俗店の玄関口で。この場所この時間でしか用がないようなきわどい衣装を着た大量のお姉さんと、客引きの、人相のあくどいおっさんに絡まれてしまう。
安くしとくよーとか言われるのは、まあ。
しかしぼうやとかいうのは、ガッカリだ。
いやー、あのー、急いでるんでーなんて困った顔でもごもごしていても、どうもふざけているようだ。そういう輩が手を離す訳はない。
「は、離してくださいよー!」
「まあまあ、ねえ」
馴れ馴れしい口調で店に引っ張っていこうとする、その力が次の瞬間にふっと切れた。
ドガッ、バキッ、ゴキッ。
実に痛々しい擬音が騒がしい通りに響き渡り、その場は一瞬で静まりかえる。
キャラキャラと笑っていたお姉さん方も、引きつった顔で此方を見ている。
「連れになんてことしてくれてんの」
目にもとまらぬ素早さで客引きをボコスカにやっつけたヒバリは、その暴力の度合いに青くなっているツナの前でトンファーを振った。道路にぴちゃん、と血がはなる。
「僕は愚図は嫌いでね。ま、邪魔をされるのはもっと嫌いなんだけど」
「すみませんでしたァ!」
即謝罪。
これで人生を乗り切ってきたツナは、足に顔がつくいきおいで頭を下げた。
ヒバリはボコって気が済んだのか、くるりと前を向いてもうその男すら見ていない。
もう貴方様には死ぬ気でついていきますからぁぁぁ!!!
そう誓ったツナは、慌てて後ろについた。
「ごめんなさいっ!」
「ふん………」
………と言っても。
「はぁ、ひぃ、ふぅ」
人間そう簡単に強靱な体力を手に入れられる筈もなく。
5分も歩かないうちにツナは再び息を切らし始めた。
今度はヒバリは立ち止まり、文句ありげにジロジロとツナを眺め回し、さてどこから殴られんのかなと覚悟を決めた彼の手をぐいと掴む。
「ヒェッ」
「のろい」
スイスイと人を追い越しながら、先を進むヒバリの背中しかツナには見えない。
だからどんな顔で、気分でこんな事をするのかツナは掴めない。
ただ彼は恐怖に固まったまま、手を引かれて夜の道を走った。時々足がもつれる度、ヒバリは力を入れて引いてくれる。乱暴だが、転ばないよう気遣ってくれているようでもある。
てっきり皮膚が擦り剥けるまでずるりずるりと引きずって行かれるのだろうと(そういう光景は昔良く見た)思っていたツナは驚いた。
あっという間に端まで来て、横断歩道で車が過ぎるのを待っている頃。
何処へ行くのかなあとハラハラしていると、まるで分かっているようにヒバリが口を開いた。
「のめる?」
「はい?あ―――酒ですか?」
んーん。
無言で首を横に振る。
「居酒屋でバイトしてるくせに」
「多分今なんか、1杯でくたばりますね。あし、明日、講義ある、し」
2005.9.19 up
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