春の夢
24時間営業のファミレス、という大変面白味の無い結論に達した2人は、店の端の目立たない禁煙スペースに座った。
深夜なのにやたら元気のいいお姉さんが張り切ってやってきて、『2名様ですね、お煙草はお吸いになられますかー?』とやった時、無言でじろりと睨め付けたヒバリの迫力に罪のないお姉さんは蒼白で震え上がったが、『はいお願いしますー!』大急ぎこちらも元気良くフォローを入れたツナのおかげで、なんとか案内は無事に終了したのだ。
人工的に明るい蛍光灯の下でなく、ぼんやり黄色い照明がやる気なさげにぶら下がっている。
とりあえず儀式的にメニューを覗き込みながら、ツナは唸った。自分は仕事の合間にまかないを食べたので、飲み物だけでいい。
ファミレスでヒバリさんがお気に召す物ってなんだろう。
ちらり、と向かいに座ってそっぽを向いているヒバリを見ると、いきなり視線があった。
「な、なん、なんにしま………」
「面倒だから同じものでいい」
「えっ………俺と同じの、ですか?後悔しませんか?」
ぷい。
またも横を向いてしまったので、仕方なくツナは店員を呼んだ。
「すみませーん」
「はい。ご注文お決まりでしたでしょうか?」
「クリームソーダふた」
ゴンッ!
無言で横を向いていたヒバリがテーブルを強かに打ち据えた。
目が、目が怖い。据わってる。
「だってヒバリさ俺と同じのでいいって」
「コーヒー二つ」
「えええ………!俺コーヒーは…飲めないんです…けど…」
ドンッ!
「ひぐっ」
「………コーヒー、二つ」
「コーヒをお二つでございますねっ」
殆ど走り去るようにして店員は行ってしまった。
ツナは泣きそうになりながらびくびくとヒバリを伺った。それまでどーでもいーみたいに横を向いていたのに、今度はジロリと真正面から見ている。
………コワイ。
「何?」
「いえなんでもありません!すみません!」
ナニって、アナタが、アナタが俺を見てたんですよ!気になるじゃないですか!!
言えたらどんなにすっきりするだろう。
その仏頂面もう少しどうにかならないかとか店員さんビビらすんじゃないとかいろいろいろいろ。
くうう、と悔しさを噛みしめていると、ヒバリはぐるりと天井を眺めて言った。
「は。やっすい内装」
「ヒバリさん、そういうの興味あるんですか?」
「………」
あっやっちゃった?
アワワ、と青くなるツナの問いに睨むような鋭い視線を向けたヒバリだが、一応答えてはくれる。
「仕事でね。こういう物件も扱うから」
「え、不動産ですか?」
「それに限らないけど」
「そうなんだ〜ワー、スゴイですネー」
棒読みの相づちをうったのは、それ以上触れてはならないような気がしたから。
金目のものなら何でも徴収するよ、とか言われたらホントに、泣いて謝って見逃してもらうぐらいしか手がない。
ツナのダークな妄想ばかりが花開いていると、やがてファミレスのコーヒーがやってきた。
おかわり自由のファミレスコーヒーは大抵、長時間煮出してもの凄い味になっているが、ヒバリの迫力に恐れをなした店側は下手なものを出せないと思ったのか、一応香りらしきものがある、ドリップ仕立てのコーヒーのようだ。
………と言っても、未だにコーヒーの飲めないツナは悲しげな顔でスティックの砂糖を3本ほど開け、ミルクを注ぎ、神妙な顔をして口に運んだ。
(に、にがい………)
「ホントに駄目みたいだねぇ」
ヒバリはクスクスと、何が楽しいのか笑っている。
軽くイジメである。
「だから言ったじゃないですか苦手だって…う」
「でも、飲むんだ」
残したら何されるか分かんないしな。
頑張って、二口目を飲み込む。砂糖を3本入れてる筈なのにまだ苦い。後味が苦い。好きじゃない。
ヒバリはコーヒーに口を付けることをせず、ひとしきり意地の悪い笑い方をすると腕を組んで黙って此方を見ている。
視線に居心地の悪いツナはもぞもぞと尻を動かしたが、下手に話を振って殴られても嫌なので、黙っていた。
静かな店内に流行の歌が流れている。ガラガラと安っぽい音と、それこそ安っぽい内装と、掃除はされているがなんとなく薄汚れた店内の中にぽっかりと黒い穴が空いている。黒い穴は男で、(先輩で、)視線は揺らがず何の色も持たない。感情を読みとることが出来ない。
なんのつもりだとか。
用事があったんですかとか。
聞けない雰囲気を纏ったまま、ヒバリは其処に居た。不思議な気がする。つい最近までそんな光景は良くあった、そうだ、彼女が話をしてる。一生懸命。
俺は頷いてる、時々相づちを入れる。大抵、どうでもいいことを。だって何言っていいかわかんない。何言ってるかもわかんないよ。けどとにかく嫌われたくないから。
だから行きたい、と彼女が言う。
それはつまり行くという宣言なのだ。俺がそれに否を唱えたところで変わるものでもない。だから俺は言わない、行くなとは言えない。だってこんなに嬉しそうにしてるから邪魔できない我慢しなきゃ。頑張れって送り出してあげないと悲しむな。自分のせいで人が悲しんだり辛かったり迷惑だって知るのが彼女は何より悪いことだと思ってるから、そうやってそうっと気配を伺ってる。かわいい。
かわいいけど、お前。
自分の夢をあきらめることはしないだろ。
ああまた涙出て来ちゃうや。
感傷的な気持ちが悪かったのかもしれない。
魔が差したとしか言いようがない。
変な人に、変なこと聞いた。
「ヒバリさんは、自分のせいで人が泣いたり、悲しんだりするの、どう思います?」
「最高の気分だね」
ツナはがっくりと項垂れて目元を手で押さえ、黙り込んだ。次第に肩が揺れてくる。くくく、と喉の奥からしみ出してくる笑いが次第に大きくなり、ついに大口を開けてアッハッハと笑い出す爽快だ。なんて気持ちのいい答えだろ!
だから特に考えもせず言ってみた。
「はは、ヒバリさん………いいなー」
目を剥いて驚いているその顔がまた珍しくて、笑いはしばらく止まらなかった。
2005.9.19 up
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