春の夢

 

「おおおれ、こん、こんな、ですけど!その………よろしくおねがいします」
深いお辞儀と共にこんな挨拶で結ばれた。頭を下げられ、震える声でよろしくお願いされ、ヒバリの脳を占めたのはこの子は本気で頭がどうにかなってるんじゃあないだろうか、という事だった。
中学時代は―――一見、臆病なだけでマトモに見えたが。何故か時々180度性格の変わる時があって、手こずらせたものだ。その病気が(ヒバリ的にあれは身体か精神、もしくは両方の異常だ)まだ完治していないに違いない。
じい、とそのつむじを見つめた挙げ句、ヒバリは自分勝手に解釈することに決めた。よろしくおねがい、されようじゃない。
「じゃ、手付金」
お辞儀のままフリーズを起こしているその頭を掴み、上向けて舌を這わす。ぬるりと滑り込ませる。
ツナは一瞬目を伏せかけたものの、おずおずと口を開いた。案外、慣れているのかもしれない。喜んでいるようには見えないが、嫌がっているのでもないようだ。
少なくともあの時よりは。
(あ―――…いらいら、する)

つまんない。

「………ふ」
一息つかせて、服を裾から捲り上げる。触れる度ぴくぴくと震える、頼りない細いあちこち。掴んで力を込めれば折れそうな腕。切り傷だらけの指。
くだらない事を思い返しているよりも目の前の雑事を片付ける、そう。苛立ちの原因は明らかだ。
こいつが今更現れなければ。
タチの悪い怒りが一瞬で全身に満ちた。指先は逆に優しげな動きを繰り返す。騙すつもりのそれは。薄っぺらな快感を引き出すため、くだらない茶番に引きずりこむつもりで―――

「ぶわぉへっ」
突然、素っ頓狂な声があがった。犯人は言わずもがな、両手で口を押さえているもんだから一目瞭然だ。
「………」
「すみませげふっ」
ツナは再度変な声を出した。見ると、必死で耐えているらしい薄い腹筋がプルプルと震えている。なんなのだ。
「バカにしてんの?」
「めっそーもない!」
目の光は必死。真摯。
しかしヒバリが肌へ直接手を滑らせると―――
「ぎゃっはははは!はっ、は………うっ、フヒッ」
ツナは唐突に体を捻り、けたたましい笑い声をあげた。それは本当にくすぐったそうな声だった。本人も努力しているというのに、抑えても抑えても漏れてしまうようだ。
「ひっひっ―――ひばりさ……はぐゥ!」
深夜のファミレスの駐車場の端っこ、というおあつらえむきの場所。
遅い時間。
そこそこ雰囲気が………あった筈。それどころか、自分から逃げもせず積極的に牙にかかりにきていたというのに、突然ネジが外れたように笑い出す異常事態ときたら!

殴りたい。
ぶわっと全身から広がった殺気に青ざめて後退るツナ。
見下ろしている此方の顔を見て留まり、パチパチと瞬きをする。泣きそうになって目が潤んでいる。
「わざとじゃないんです………」
震えは最大限。本当のようなので、とりあえず拳は保留の件だ。


2005.9.22 up


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