春の夢
毎日同じ夢を見る。
以前は歓迎していたそれが、最近は少々疎ましい。理由はかんたん、何度見ても答えが分からないからだ。俺は誰を捜してるのか。
時々うまくいく。寝る前、心構えというか気持ちの準備をしているからだと思う。人だかりが近づく。人を掻き分ける。なぜだか俺は遠慮している。
でもやっぱり肝心のその人だけは、ぜんぜんまったくひとかけらも顔が出てこない。
今日もまたおあずけだ。
落ち込むべき事態なのだろうが、生来の諦めの良さが祟ってゲームや読書(※マンガ)など始めてしまう辺り、ツナの悩みは外見上深刻に見えない。
彼の日常ではイタリアから押し掛けマフィア家庭教師がやってきたり、それを追っかけて手間ばかりかけさせやがる牛がやってきたり、更に(以下略)………なので、一々気にするような神経質な男であったなら、身がもたなかったろう。れっきとした自衛手段だ。
自分で理由をつけて、ウンウン頷いて、納得しようとして。
しかしまた元のループへ戻ってしまう―――ツナはそんなことを延々繰り返していた。さすがの脳天気な彼も、相手があることであるので無神経ではいられない。
ヒバリに触られるとケタケタと笑い出してしまう病が発症して以来、彼とは会っていない。というか、会えない。こわい。
自分も男であるからして、あんな失礼をしでかされたらさぞかし落ち込むであろう、ということは想像に難くない。まあ、ツナの場合は初体験も結構悲惨というか、自分的には大変情けない思いをしたもので、もうこういういろごと方面では恥ずかしいとか考えちゃいけないんだ!と学習したのだが、それとはまた少し違っているような気もする。問題は複雑なのだ。
そもそも、なぜ笑ってしまうのか。そんなくすぐったがりだった覚えは全然ないし、彼女とは普通につきあえた。
なぜヒバリ相手だけ、異常なほどに反応するのだろう。
あれでは勃つ勃たないの問題ではない。我慢しても我慢しても笑いがこぼれ出てしまう。痛いのならまだ歯を食いしばり、ぐぐぐと耐えればなんとかなりそうなもの。だがくすぐったいのだけはどうにも………そもそも我慢できる人などいるものだろうか。
そうだ、そうなんだよ。
俺だって努力したんだよ。でもどうしようもないんだよ。
ヒバリさんが触るともう、それだけでぐつぐつ笑っちゃって………
失礼だよ!
ツナは青くなった。気分も沈んだ。
学生時代、あれだけ冷たくされ続けてきたというのに、時に入院するほどぶちのめされたというのに、未だ彼に冷たくされると心が痛い。悲しい気持ちになってしまう。
殴られこそしなかったものの、フンとそっぽを向かれショックだったのは事実だ。まあその前に酷いことしてるの俺なんですけど。でもやっぱツライよ。
悪循環。
「とにかく謝った方がいいんだよな………ウン、あれはなあ………」
散々逃避行動をした挙げ句、ようやくツナはコントローラーから手を離した。
彼はまず、電話をしてみようと思い立ち、震える手でポチリと通話ボタンを押したが、これが一向に繋がらなかった。
向こう様は俺がかけてるって分かるんだから、怒ってたら出るわけ………ないか。
対策終了。
「………どーしよー!」
「うおおでかい」
結局直接来てしまった。こういう瀬戸際の行動力だけは、勢いがないと駄目なので電話が駄目だった直後にサイフとケータイだけポケットにつっこんでテクテク名刺見ながらやってきた。ちなみこの名刺、ヒバリの名前ではない。明らかに偽名かもしくは部下の一人なのだろう、見覚えのない名前が明朝体で書いてあり、シンプル過ぎる作りがかえってどんな商売やってるんですか的怪しさを醸し出す一品である。
住所通りにやってくると、果たして其処は立派な一軒のビルだった。テナントの名前が入るべき看板札は真ん中程に一つだけ。
それもやっぱり聞いていたのとは違う会社名。
追い出したり分捕ったりという物騒な単語がぐるぐる頭を回ってしまう。萎えそうになる気力をなんとか叱咤して、ガラス張りのドアを押して中へ入る。鍵はかかっていない。
ヒバリさんならその方が面白いからとか言いそうだ、と思い当たり、ツナは密かに笑いをこぼす。
こういうふとした瞬間に思い出す、連想する、そのこと事態が。
自分は本当にあの人を気にしているのだと実感する。恥ずかしい。
クスリと笑った後、急にもじもじとおちつかなげな身じろぎをし、最終的に頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜてふんぬぬぬと唸っていたツナは。
エレベータのボタンを押し、チンと軽快な音と共に開いた扉の奥から大量の黒服強面否カタギ軍団がぞろりぞろりと出てきてぐるりと自分を取り囲まれ思わずごくりと喉をならした。
「こ、ん、にちわ」
口々に何のようだ、とか帰れクソガキ、なんてざわざわと敵意に満ちた不協和音が聞こえてくる。今すぐごめんなさい間違えましたと言って走り出したくなる衝動を抑え込み、息を飲み込み飲み込みツナはようやく用件を言った。
「雲雀さんはいますか」
ザワア、と気配が引く。
次に用心深い眼差しが四方八方から注がれる。
こういう反応は風紀委員の頃から変わらないんだあ、と変なところで感心しているツナの、丁度横に居た男が、やっと得心がいったように一つ頷いた。
「なーんか見たことあると思ったら、この前の店の店員だな」
印象に薄い顔だなどと暴言を吐かれ、大きなお世話だ!と憤慨したツナの、しかし表面の笑顔は事なかれ主義と客商売で鍛えられて完璧だ。
「約束があるのか?」
「そういうわけでは………」
「俺が連れてってくる。お前等先に行ってろ」
見た目にそぐわず親切なのか、そう躾られているのか。
男はツナを促して、エレベーターに乗り込んだ。異様な黒服集団がぞろぞろ外へ出ていく光景を、鉄の扉が遮っていく。
「なんなんだ?」
ツナはもの凄い勢いで振り返ったが、どうやら男は疑問を素直に口に出したようだ。
「中学校の…先輩で………そのう」
ポワアと赤くなったツナを、幸いなことに男は見なかったようだ。
すぐにチンと音がして、エレベーターの扉が開いた。案外普通の内装で、掃除も行き届いている。曲がりくねって迷路のようなパーテーションに、机。パソコン。書類の入った棚。
魔王の城のようなおどろどろしいものを想像していたツナはなぁんだ、と気を緩めたが、よくよくみるとその机の開いた引き出しに特殊警棒や握りの浅いドスらしきものが無造作に突っ込んである。
いかにも会社、というような中に、微かに漂う危険臭。
見なかったことにしよう。
ツナは実にらしい選択をして、努めて笑顔で立ち止まった。先では更に扉があり、それを男が緊張の面もちでノックする。
「なに?」
すぐに返事が返ってきた。ヒバリの声だった。
不機嫌そうなそれはいつもと同じ。でも、微妙に言い方はゆっくりで、冷たいような感じだ。仕事用なのかも。
声を聞いたら気が焦り、ツナは一歩踏み出して扉に手をついた。
「ヒバリさん、俺です」
「おい」
男が慌てて止めようと肩を掴んだ。途端、ガンッと音がなる。
何かをけっ飛ばしたような。
「さっさと行け」
「「ハイ!」」
男とツナは同時によい返事をし、くるりと回れ右をした。ヒバリの
「君じゃない」
が無ければ、ツナは恐怖のあまりそのまま帰っていたかもしれない。
「何しに来たの」
声は相変わらずつっけんどんで、扉を開けて中へ入ることは出来ないと知らせている。
ツナは仕方なくその場でもそもそと謝罪の言葉を口にした。
「それで?」
それで。
えー、どうしよう。実は何も考えていない。握り拳を噛みたくなるほど、自分がアホで悔しい。
明快な返事がないのでヒバリは黙ったまま、不機嫌の度合いを増しているに違いない。この扉が開いてトンファーが唸るのも時間の問題だ。いや、まだ殴られるなら。もう二度と顔見せるなとか言われたらどうしよう。あ。
そっか、俺
「俺ヒバリさんとその、ヤなわけじゃないんです!」
言ってしまえ。全部そのまま言えばいいのだ。
「我慢してるのでもないです。きっと、理由あると思うんで…もう少し、待っててもらえますか」
返事は無かった。
ツナは失礼しますとだけ言って、ぺこりと頭を下げた。
来た道を戻りながら思い出す。まるで中学生ン時みたいだと笑いが漏れる。いっつもこんな風だった。あんな自然に話せるときが来るなんて、ましてあのヒバリさんと口と口くっつけちゃうなんて、もうぜったい有り得ないって。普通はナイナイ。
けどほんと………
「あれ?」
街路樹の葉の影が足下でちらついている。
頭にぽこっと浮かんだ光景に、ツナは思わず振り向いた。風がざあっと騒がしくなって肌を叩く。
「あれ………あの人」
ヒバリさん、だ。
2005.9.23 up
next
文章top
|