春の夢

 

その日は少し肌寒い風が吹いていて、どんより曇っている朝だった。式の間に少しずつ晴れ間がやってきた。終わる頃には綺麗に晴れた。
校門前で写真を撮ったり、友達と別れを惜しむ光景を通り過ぎて、ツナが探していたのはヒバリだった。
1、2年生には安っぽい作りの造花が渡されていた。お世話になった先輩へ礼と共に贈るものだ。女子などはこれに手作りの菓子を一緒につけたり一部ではもうバレンタインの告白大会みたいになってたり。
俺はというと、ヒバリさんには入学してから3年間、ある意味お世話になったので―――
いや、違う。
ツナはパチリと瞬きをした。(そんなに時間は経っていない筈なのに、色々記憶はねじ曲がっている)
「俺はヒバリさんを」
ずっと昔から憧れてたんだっけ。

出来の悪い、喧嘩も弱い、ダメヨワヨワ生徒が強い生徒に憧れるというのはまったく珍しい事ではない。ツナも似たような感じで、ただ彼の場合は長年のダメ扱いで視点が少々ナナメになってしまっているから、自分では長い間気付かなかった。ただ関わるとコワイだのと思っていた。
しかしいざ彼がいなくなるという事実に、一抹の寂しさを感じたこと。そして殴る殴らない、戦う戦わない、殺す殺さないの話でなければ、案外ヒバリは礼儀正しく物言いは親切でないこともなかった。
彼が3年(だよなやっぱり)、ツナが2年の年は、そりゃあたくさんにぼっこぼこにされたけど、ちょっとしたことで話をしたりもした。あれだけの目にあわされてまだ好意的な感情を心のすみっこに置いていたらしく、お世話になった先輩と言われてツナが思い浮かべたのはヒバリだった。

風紀委員の人達とか、いっぱいいそうだなあと思いながらもツナはヒバリを探すことにした。校舎のあちこちには人だかりが出来ていて、運動部の有名人やら各部長やらがいて、泣きはらした目でぐるりと集団になっているのもいて、なんだか恥ずかしかったものだ。
校舎の裏に辿り着いたとき、風紀委員の黒い学ランが見えた。反射的にヒバリさんだ!と思って立ち止まるとそれが、なんというか、すごい光景だった。
キャー、キャー、キャー。
女子の黄色い悲鳴に囲まれる彼、という珍しいものを見たツナは固まってしまった。そ、そ、そうなんだ。でもよく考えてみれば、ヒバリは凶暴で理不尽だが顔は整っているし、強いし、勉強もなんとなく出来そうだ。怖さを別にすれば結構格好いい部類に入るのかもしれない。
女子達の狙いはどうやら彼の風紀委員御用達学生服、学ランの方についているボタンらしく、最後なんだからともの凄い気合いで、まるで某プロレスラーにビンタを請うファンのような迫力だった。お前等下がれ!と必死で声をだしているのは風紀委員達で、彼等は壁になって委員長を守っていて、なんだかツナは目頭が熱くなってきた。
おっと、感心している場合ではない。
ツナはすいませんすいませんと断りながら女子の間を通り抜けた。シャンプーか何かのいい匂いなどがすると、妙に恥ずかしさを感じて足は速まった。すぽっと抜けると強面の学ランに頭から突っ込んでいて、早々に青くなった。フギャー!

ヒバリは風紀委員の壁の間からツナをじろりと見て、フンと鼻を鳴らした。手に持っていた花をおそるおそる渡そうとすると、くるりと後ろを向いてさっさと行ってしまった。
追いかけてこいって事かな。
何事と騒ぐ女子の間を抜けて振り切って、抑える風紀委員がキャーセクハラよーふざけないでよーとかいう悲鳴と共に大変かわいそうな事態になっているのも後ろに置いて、ツナはヒバリについてった。校舎の裏をぐるりと回って、人気のない、樹木の影に。昔学級菜園があったらしいナゾのゾーンに来ると、ヒバリは不意に立ち止まった。
腕組みの体勢を崩さずに、まっすぐ此方をにらみ据えた。

今は、もう、ありありと思い出すことが出来る。
ツナは緊張のあまり寒いですねとか卒業おめでとうございますとかヒバリさんってもてるんですね!なんていうどうでもいい雑談をして、花を渡そうとしてくしゃみをした。
へっくしょい。
間抜けな音にしまった!と顔を顰めていれば予想に反しヒバリはそれを受け取った。チョイとつまんで、まじまじと見て、此方としては貰ってくれるなんて思ってなかったもんだからありがとうございますありがとうございますとぺこぺこし、やたら嬉しかった。
「じゃあ俺はこれで」
「待ちなよ」
黒いものが近づいてくる。ツナはヒバリの学ランばかり見ていた。羽織っているだけなので袖が風になびき、風紀委員の腕章がパタパタと乾いた音を立てていて、みんなあれが欲しいんだ、俺、手を伸ばせば届きそうだよ。
この綺麗に並んだ金ボタンをなるほど―――いい記念になるかもね何に使うんだか分からないけど。え、別にほしくなんてないすよ。ナイナイ。ぜったいない。
「欲しいの?」
「そんな」
極めて近くで声がした。
欲しいのかと問う声がすぐ頭上でする。目の前に学ランの黒い生地と、真っ白いシャツと、袖を掴んだヒバリの手がある。
ツナは狼狽し、混乱した。しかしそれは多分怖いのではなかった。
「あげようか」
耳の近くで声が。
何を言ってるんですかヒバリさん。俺、別に欲しいなんて言ってないじゃないですか。
「俺なんか」
いつもみたいに。
ツナの文句は決まっている。俺なんて、俺なんか、俺はいいですから。一見謙虚、その実卑屈の卑怯さをヒバリは良く知っていたのに違いない。(思い出すと顔から火が出るかと思うほど恥ずかしい。変わってない、今も。この前も)
スゥッと空気が冷たくなって、慌てて、機嫌を伺うつもりで上げた顔の目の前に焦点があわないほどドアップでヒバリさんの顔が。
そしてそこで意識は途切れる。





………考えてみれば俺の失礼ぶっこき履歴はそのあたりから始まっていて大変に今更だ。
ツナはいたく反省した。しかし、まだ初な中学生だった事情も汲んで欲しい。多分初めてだった。ショックを受けたのも、キスの直後に気絶するのも、また無理からぬ事情があったのである。
ただヒバリにしてみれば………
視点を変えればやっぱり自分は酷い。ショックだろうがなんだろうがこんな大事なことをすってんからりと忘れ果て、なんでもない顔をして会った。
「ああ、あった」
部屋に帰るなり部屋の隅で埃を被っている服かけをゴソゴソやりだしたツナは、すぐに目当てのものを見つけた。
ずっと着ないまま放って置いた冬用のコートの下に、隠すようにかけてある黒の学生服を。

ツナが目を覚ましたとき辺りに人の気配はなく、既に陽は傾いて黄色かった。
草地に横になっている、その腹や肩部分にかけられていた黒い学生服。気絶したツナをあのヒバリが気遣ってくれたと言うだけで涙が出そうだったが、感謝と言うよりなんでなんでという混乱だったのだろう。

恥ずかしくて。
もー恥ずかしくて恥ずかしくて。

なにしろ俺は、強くて硬派のヒバリさんに憧れてたんだ。
その憧れというのはかなりの固定イメージを彼に押しつけるもので、今考えれば自分は相当痛いやつなのだが悲しいかな、ツナはまだそこにとらわれているらしい。

なんだかあの人は汚しちゃいけないような気がするんだ。
どろっとした即物的な行為が似合わないような気がする。
恥ずかしいから、面と向かって会えないし言えない。まっこと勝手としか言いようがない傲慢さ。それを決めるのはツナでなくヒバリ当人なのに。だから彼が俺に触れたいというならそれは。
「う―――嬉しいのか、俺」
自らの思考に自らで赤面しながら、無意識にツナは袖を通した。
あまりサイズが違っていないのが悲しい。中身同様、外見的成長が見られないようだ自分は。
「懐かしいなー」
苦笑いしながら姿見の前で立っていると、後ろからズカズカと近づいてくる影。その顔がすぐ後ろにあり、ツナの肩ごしに嫌そうな表情を見せている。それもどちらかというと嫌悪の情。
「なんだツナ、今更若作りなんぞしなくても充分に幼いぞ。それともそういう趣味でもあったのか?変態か?」
リボーンだった。


2005.9.24 up


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