壺中ジン
「これでよし」
満足そうに言ったジンの顔を綱吉はまじまじと見返していた。
場所は先程の小道――公園脇を通り過ぎ、住宅街のド真ん中。
(本当にこれで良いのか…?)
甚だ疑問である。
「ウン、ウン。よし、始めるぞ」
「ちょっと待って何?! 何を?」
「たっっっっっりーなあ…」
ジンは大変気が短い様子であり、ギリギリギリと歯ぎしりをして何も分からない綱吉を睨み付ける。が…
「分からないよ」
当たり前だ、説明されてない。
綱吉は何故自分が空中に唐突に現れた食パンをくわえ、大変今更な(自分は今現在大学生なのだが)学生服など着用し、小刻みな足踏みを繰り返しているのだろう?
「いくぞ!」
「だから何処へ!」
「来た! 来た! ほら行け!」
「うわあっ」
ジンに蹴飛ばされて綱吉は飛住宅街の角から飛び出した。
「ふがっ」
「おうっ?!」
誰か同じか、もっと勢い良く走ってきた人物が居たらしい。
見事に衝突である。
激しい衝撃。固い感触……野太い声?
「なんだ何事だ! おおっ、これは! 大丈夫か?」
「アイテテ…」
定石通りの台詞を吐いたのは綱吉の方だった。
激しくぶつかった鼻を押さえつつ上を見ると、これまたタイミング良く吹っ飛んだパンを掴んだ相手がきょとんと自分を見下ろしていた。
「あ…」
「すまん、怪我はなかったか」
『やっぱお前って……そっちのシュミ?』
その瞬間耳元でした声に、反射で答える。
「違うっ!」
「は?」
「い、いや…大丈夫です!」
(違うってば! これは何かの間違い!)
半透明のジンはふわふわと空中に浮かんでいるが、相手の視線はそれを素通りで自分に向いている。
(見えないのか?)
『気配消してるもん。なんだよ、男じゃんコイツ』
(こ、この人は…)
見覚えはある。件の彼女の兄である。
ボクシング命の熱血男で有名で、とても血の繋がりがあるとは思えぬ程猛々しい外見と中身をしている。現在も、何処かのジムに所属しているとか何とか…
『お前の心に浮かんだ人間を呼び寄せたんだからな』
ジンは詰るように言った。
彼女の思い出につられ、うっかり思い出してしまったのが原因なのだろうか?
肝心な時にドジを踏む癖は全然直ってない。
この大馬鹿者と己を罵りつつ。
「起きられるか?」
差し出された手を思わず握る。
(うっ…)
グイと引っ張られたその力が余りに強く、一瞬肩が外れそうになった。
「すまなかったな。前を良く見ていなかった」
「いえ、俺の方こそ…すみませんでした」
精一杯の愛想笑いをすると、ジロリと睨まれ…いや、見られているのか。
以前に比べ益々迫力が出てきたようで、表情や仕草は抑えられているが、その分凄みが増しているような。ううん。
(こ、こわい)
「お前…どこかで会ったことはないか?」
「へ?」
「うむ、はっきりとは思い出せんが…」
「は、はあ」
「……」
目力のスゴいトレーニング中のボクサーに超近距離で睨まれながら、綱吉は考えていた。
出会ってしまったのは彼女の兄だった訳だが、これを切っ掛けにして何か展開があるかもしれ――
『あー、ナイナイ』
おめでたい思考をぶった切るジンの声。
なんでだよと聞き返そうとした時、不意にギュウと抱きしめられた。
ボクサーの腕力で、思いっきり!
「わー!」
『オレのスペシャルな力で、衝突後は速やかにお前に惚れるようし向けてある』
「なんだとおおお!」
『スペシャルかつスピーディーだろ?』
ジンのとんでもない行動が明らかになった頃には、綱吉は絞め殺される寸前だった。
「何故だか分からないが…お前を見た途端、愛しい気持ちが」
「それ間違いですから離してええええ!」
2009.2.21 up
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