壺中ジン
空中遊泳にもだんだん慣れてきた頃に、ジンはフウと溜め息を吐いた。
それはこれまでの呆れ果てたぜというジェスチャーとはまるで違っていたので、気になった。綱吉は気軽に尋ねた。
「どうしたの?」
「…こんなんで、いつになったらオレは自由になれるんだ?」
「あ、やっぱそういう話なんだね」
「……」
ジンは束の間嫌そうに、鼻の頭にシワを寄せて綱吉を見ていたが、首を振り振り言った。
「オレは…元は王族だったんだぜ。こんな下民のためにヒイコラしなくちゃならないようなお方じゃないんだ」
「王族? へえー」
「信じてないだろ。本当だぞ。王子様だ。お前みたいなカスとは違うんだ」
えっへん、と威張るジンの顔面に、脳内でバカと書き足してみればそんなに腹も立たない。
綱吉は適当にふんふん頷いて、「それで?」と先を促した。
「それが何の因果かこんなこ汚いツボの閉じ込められて…一回三千円で売られる。なんてザマだまったく」
ふてぶてしいツラだが、悲しげな表情に単純な綱吉はすぐ同情してしまう。
「どうしたらいいんだ?」
「はあ?」
「その、元王族? 王子様? が自由になるにはさ」
「それがさ! まあ聞けよ!」
ジンは腕を振り回して訴え、その度に綱吉は空中をゆらゆら揺れた。
熱意を込めて語るのはご自由だが、こちらの身の安全も考えて欲しいものだ。
「それだけは言えないんだよなー」
「なんじゃそりゃ」
思わずガクリとつんのめる。
「さんざん勿体ぶっといて、言えないって」
「言ったら無効になっちゃうの! 察しろよ下民!」
「下民で悪かったな。お前なんて自由にならない方が…」
「落ちろ、落ちろ!」
「わあ、やめろよっ」
綱吉の言葉に腹を立てたジンは、やたらめったら繋いだ手を振り立てた。
こんな調子では、自由になるのは遠そうだ――そう考えた時、本当に手が離れてしまった。
「あ、やっちゃった」
「うわあああああああああああああ!」
ジンの言った通り、綱吉は落ち始めた。
落下の感覚は凄まじいものだった。絶叫マシンなんてメじゃない。本当に落ちている、命綱ナシに。
「っ…」
途中で悲鳴も涸れた。
ぎゅっと目を瞑って身を固くし、息を詰めて衝突の瞬間を待つ。
その体が、途中で落ちる速度を緩め始めた。ふわふわと、ゆっくり下に落ちていき――
ある家の前に――出ていた、ある人物の腕の中に…
「親父ー! 空から女の子が!」
「今度はそっちで来たかー!」
落ちながらもツッコミを入れると、追いついてきたジンが空中で親指を立てて見せている。
何を得意そうにしてるんだバカかアイツは。
「あれ、違った…」
少々どころでなく天然ボケの入った発言、見覚えのある界隈、それにこの声!
「や、山本ォ?!」
「あれツナじゃん」
空から降ってきた女の子…もとい綱吉を受け止めたのは、中学のクラスメイト、山本武だった。
確かに、確かに山本はクラスの…
(ヒーローだよ!! 俺が想ってるのは女の子だー!)
『めんどいからどっちでもいーわ。もーこいつでいいじゃん』
(良くないですよおおおお?!)
「久しぶりだなーツナ。何年ぶり?」
「そ、そうだね…アハハ…」
野球部に所属していた山本は順調にその道を進み、高校では甲子園にも行った町内の有名人である。
その分勉強はあまり得意でなく、綱吉とは補習仲間だった。
高校で進路が別れてからサッパリご無沙汰だったが、こうして顔を覚えてくれているのは嬉し…いや、嬉しいけれども!
「いきなりどした? お前、スカイダイビングとかやってんの?」
「あはははは」
パラシュート無しのスカイダイビングを体験した今、笑いしか出てこない。
今更になってブルブルと震えが来る。
「ツナ?」
「う、うん」
既にジンのやる気は失せているらしい。
ヒマそうな顔で空中三回転したり、まったく不真面目な態度だった。
男一人の体重がかかってしまっているのに、山本はいとも簡単に元クラスメイトの体を支え、地面に下ろし、心配そうに顔を覗き込んだ。
「んー」
「うん、大丈夫」
自分に言い聞かせるように、青い顔で繰り返す綱吉を山本は何を思ったのか、更にもう一度抱き上げる。
「…何してんの?」
「なんとなく」
幼い子供を抱くように、向かい合ったまま目線を合わせて笑う。
いつの間にかこんなに時間が経ってしまったのに。
(ちっとも変わらないや)
絵に描いたような好青年。
世間の評価は、それはそれで間違いない。山本は真面目で――勿論それは好きな野球に集中してたけれども――努力家だった。
飄々としてるけど、本当はずっと真剣で…
「ツナ…」
「山本…」
「って違ああああああう!」
『アッ、チクショー』
綱吉は仰け反ってそのヤバイ雰囲気を逃れた。
おかしいだろう。幾ら久しぶりに会ったからって。
元クラスメイトのしかも男と妙な気分になるのは。絶対不自然だ。
(おまっ…お前なあ! 今俺にも変なことしたろ!)
『めんどくせーんだもんほんと色々〜』
ジンは心底うんざりした顔をする。
言いたい事は数あれど、ここで喚き散らしたら本物の不審者である。
綱吉は慌てて山本から降りると、今度またゆっくり話そうねと約束をし、携帯番号を大きな手のひらに殴り書きしてその場を去った。
「ほんっっとーにごめん! また後で!」
「おう」
願わくば、ジンのかけた妙な力の作用が次に会う時までに失せていますように。
2009.2.24 up
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