壺中ジン
どっと疲れた綱吉は、それでも家に入るなりダッシュで階段を駆け上がった。
「帰ったの? ツっく〜ん」
帰るなり部屋に籠もった息子を呼ぶ、母の声。
ジンはぶっと吹きだした。
「ツっくん〜〜〜?」
「うるさいなっ…」
しょうがない。やめてくれと言ったって聞かないのだ。
子供の時は気にならなかったし、普段意識する事はないけれど、こうして他人(他ジン?)の目があるとそれは相当気になるものである。
綱吉は少々きまりの悪い思いをしつつも、おざなりな返事を階下に返した。
「帰ったよー!」
「手洗いとうがいしなくちゃだめよー。風邪が流行ってるんだから…ちゃんと顔見せなさい」
「手洗いっ…うがいっ…!!!」
ぶわははははっと笑い出したジンに、綱吉は必死でしっ、静かに、と訴える。
上がってくる足音がしているのだ!
「アハハハハ、大丈夫だっての声は聞こえないし、見えないんだから…アーッハッハッハッハッハ」
「俺が気になるんだよ!」
一人わたわた焦る綱吉を、ジンは愉快そうに見ている。
しかしその余裕面も、『あら? お友達が来てるの?』という声に固まった。
「えっ?! ええっ!」
「なんで…」
「ホラ見ろ全然危ないじゃないか、さっさと隠れるなりツボに戻るなりしてくれ!」
「つったって」
ツっくんの声がすぐ戸口まで来ている。
気を利かせた母親が、菓子など持って上がってきたようだ。これはヤバイ、お前早くどうにかしろと喚く綱吉の前でジンはどろんと煙に包まれた。
「あ、母さん、アハハ。別に誰も」
「どーも」
「うわああああっ」
すぐ横――正確には其処から更に斜め上から、ハッキリした声が聞こえてくる。
驚き飛び退いた綱吉のすぐ其処に、人間が立っていた。
「こんちわ」
(か、軽いよおまえ…)
姿形はあの役立たずのジンにそっくりだが、格好が違う。
ツナよりも遙かに垢抜けている。普通の青年だ。
声は変わらないか。前髪は相変わらず長い。
「あらこんにちは。大きなお友達ね? 息子がいつもお世話になってます」
「うん」
(世話なんかしてねーだろお前は…)
厄介事ばかりである。何を偉そうに頷いているのか。何を堂々と盆を受け取り、お菓子大好物とか言っちゃってるんだ。
急速に場に溶け込んでいるジンを、綱吉はただただ呆れ、見つめているだけだった。
「ぷっは」
ジュースを一気のみした後、ジンはぐるりと部屋を見渡す。
「狭い部屋、狭い家だな。犬小屋みてー」
「悪かったな…」
「オレの宮殿はもっともーっとデカかった」
お前の宮殿の話は聞いてもいないうちからお腹いっぱいである。
綱吉はチビチビと甘い液体を舐めながら、ようやっと呼吸を落ち着けて尋ねてみた。
「なんで人間になってるんだ?」
「お前の母親のせいだ」
「母さんが、なんで」
ジンは気のなさそうに、スナック菓子をぽんぽんぽんと口に放り投げながら答える。
「オレが見えるんだ。ありゃ特異体質だな。たまにそういうのが居る」
「そうだったのか…」
「隠れても無駄だから化けてやったんだ。感謝しろよ」
「……」
そんなもん、どうしろと言うのだろう。
こいつのせいで思い出深い並盛町を一週し、空まで飛んで、結局初恋はかなえられずじまいだったのだ。
「アー疲れた」
ジンは綱吉のベッドにごろんと横になると、あっという間に高いびきをかいている。
我が物顔でくつろぐ姿に、綱吉の方が部屋の隅で小さくなる始末。
(こいつ…どうしよう)
早くも綱吉の頭には、この厄介者を追い払うにはという議題が上がっているのだった。
(何がすごい力だよ)
すごいのだろう。力自体は。
ただやり方がずさん過ぎる。おかげで綱吉は懐かしいには懐かしいが――想い人とはかけ離れた人物三人と不意の再開を果たした。
それだけならまだしも…
(あの…あの状況は一度きりだよな?)
思い出すと胃がキュウと締まる。
服の上から苦しい場所をさすりつつ、綱吉は重い息を吐いた。
2009.2.26 up
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