壺中ジン

 

『極端に熱いとか寒い所に置かないでね。たまに風入れてやって、水は一日二回朝晩に。それじゃ』



「朝晩二回…って、植木か」
 首の後ろに触れる。感触は本物だ。
 ぎゅっと掴んで、ベッドに起き上がった。勿論自分の首を。
「いてて」
 水やりもへったくれもない。ジンはツボの中には戻っていないのだから。
 彼は飲み物や菓子だけでなく夕食まで平らげて、風呂を使い、悠々とベッドに入ったのだ。
 綱吉のベッドに。
 二番風呂を使わせて頂いた綱吉は部屋に戻って、なんでこいつ俺のベッドに寝てるんだと仰天した…という話である。
 これがまた呼びかけてもつついても起きない。
(しょうがない。客用布団に寝たさ)
 しかし場所が悪かった。
 ベッドのすぐ側に布団を敷いたのだが、ジンは相当寝相が悪いらしく夜中に何度も落ちてきた。
 重い。上に、痛い。
 その度に持ち上げて戻して、なんで俺こんなことしなきゃなんないんだろうとか、情けない気持ちで眠りについたのだ。
「あぁ…あ…アー、ねむ」
 欠伸をしながらまだぐうぐう眠っているジンを一瞥し、まだギコギコしている首を撫でる。
 ぐ、と力を込めて押せば筋がズンと響く。何度も下敷きになったせいだ。
 あんな煙みたいにふわふわしている存在が、こういう時だけ重さがあるなんて。寝息、寝返りといった妙な現実感も勘弁して欲しい。まさかずっとこのままな訳はないだろうが、とにかく早く起きて……返品不可だったりして。
「うわあ」
「何が」
 唐突に寝息が止んだ。
 次の瞬間ムクッと起き上がり、長い前髪越しに此方を睨んでいる。多分。
「起…きてたのか」
「今起きた」
(つーかその前寝てたんですか、寝るのか、まあそうだろうなモノもちゃんと食うし…)
 まるで人間と同じだなと思った瞬間、面倒そうにした腕の一振りでジンの体が透明になった。
「あれ、戻る?」
「めんどくせーもん」
 この言葉が、ジンの全ての基礎となっているに違いない。





 朝食を済ませた綱吉は、早々に家を後にした。
 全ての元凶であるツボはポケットに突っ込んである。小うるさいジンは中で二度寝中。
(今が、チャンスだ! さっさと行って返品してこよう!)
 ジンは願いを叶えてくれると言ったけども、実のところ不吉な予感しかしない。
 気持ちが先走るあまり、普段めったにしないダッシュで駅に向かった。
「っ…はぁっ」
 運動不足な体は走り始めて五分も経たないうちに激しく酸素を欲しているが、綱吉は全然違う事を考えていた。
 昨日と同じ道、期待と不安で満ちた帰り道だった。
 今は厄介払いするぞバンザイ、と、なにか、なんでか凄く急がなきゃならないような…妙な焦りがある。
(なんだっけ)
 駅前の十字路。少し速度を緩めた。
 ふと、なんとはなしにポケットに手を突っ込んで――そのザラリとした感触を一撫でした。

「奇遇だなオレの運命の相手!」
「うわああああ!」
「昨日の不審者じゃないか」
「うえええええ?!」
「おーい、ツナー!」
「ちょっ…っ、ちょっと!」
 ほんの少し信号待ちの間――どれだけの確率だろうか?
 綱吉が来た以外全ての道三方向から、それぞれの人物が現れて一斉に近付いてくる。
「ぜんっぜん無かったことになってないよ?! これ、これっ…!」
 慌ててツボを掴んで揺らす。反応が無い。
「起きろっ! 助けてよー!」
 綱吉はポケットからツボを取り出し、なりふり構わずぶんぶん振り回し始めた。
「何やってんだツナ?」
 その必死の形相と熱心さに、集まった三人を始め通行人までチラチラ見ていく。その中心でひたすら腕を振り続ける。起きろ、起きてくれ。こんなのもう。
『…っるせーなー』
 ぼんやりした声と、姿が見えるなり綱吉は叫ぶ。
「頼む全部無かった事にしてくれー!!」
「あ?」



 すぽんと手の中からツボが抜けた。
 あ、と思った時はもう遅かった。
 素焼きのツボは地面に触れた途端、いとも簡単に割れる。ガチャッと小さな音をたてて。
「っ…」
 まずい、やばい、どうしよう。
 手を伸ばした先で、ジンはツボの欠片ごと消え失せた。


2009.3.1 up


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