コトダマ
―――尾けられている。
こういう事は滅多に無い。此方に用事がある人間は世の中にそう多くない。反対に世の中一握りの人間に対し此方の用は発生と同時イコール死。
つまるところ彼は殺しを生業としていた。
先程も、駅で追いつめた男を始末して地下の薄暗い坑道へ放り込んで来た所だ。道行く通行人は少し浮かれ気味で、明晩に迫った祭りの空気も感じられる。
男は足を速め、曲がり角を唐突に曲がった。
それまで付かず離れずの距離で執拗に着けていた気配が、戸惑ったように停止する。あ、とか細い声があがり、やがて人波に紛れてしまった。
丁度広場に近い通りの一本だった。
広場中央の噴水では、女神の持つ瓶から止め処なく水が落ちる。飛び散った拍子に昼の光に照らされ、キラキラと光る水の雫。若い女が水面に手を差し入れ、手のひらにすくって地面に落とした。
刹那。
走って、立ち止まった気配が背中越しに感じられた。追跡者の目線は今や真っ直ぐ男へ向き、怖れている様子もない。
不愉快さに顔を顰めて振り向けば、居る筈のない正面から声がした。
「あの」
真っ昼間の怪事は大抵錯覚か気のせいだ。男は理性的とは言えないまでも―――少なくとも現実的ではあったのだ。
滅多にこういう事はしない、と相手は言った。
女の言い訳みたいだと思いながら男は言葉を無視した。しかし向こうは些か興奮気味の様子で次々に訳の分からない事を言い募り、呆れて苛ついている男の事など頓着しない。長々しい自己紹介と祭りが楽しみだと言うことと夏は暑いという極当然の摂理を一気に喋り散らした後、唐突にそれは言った。
「でもまさか、こんな遠い国で仲間の人に会うなんて思いもしませんでした!」
仲間?
目の前の男は―――子供のような容姿を唯一くたびれた瞳だけが裏切っていて、傍目には年齢不詳だ。
弱々しい物腰も喋る度に中指で眼鏡を押し上げる仕草も、何もかも男とは正反対であるのに。
仲間という意味を捉えがたく、男は緩慢に首を傾げた。
「腕がいいようには見えねぇ」
「あ、はいそうですね、良く言われます。普段俺口べただし」
それだけ喋って置いて口べたもへったくれもない。
「でも今はあのアレです、興奮してるんです。す、すごい緊張します!でもラクです。なんていうか、意識して気を付けて無くても良いですから!嬉しいな何言っても大丈夫だ………あ!」
何処かお店で話しませんか、色々アドバイス頂きたいですと男は笑ってみせた。
「それで、どなたに師事されたんですか!」
気合いの入った様子で尋ねられ、男はますます首を傾げた。
殺しの技術に関しては、誰それに教えられたというのではない。そうしたこともあったかも知れない、しかし今は顔も名も思い出せない。
「え、我流で?凄いなあ………俺は卒業―――免許皆伝まで相当かかりました。なかなかコントロール出来なくて、今でもよく失敗するんですけどね」
グラスのビールを一口飲む。
このチビの国には殺しに免許まであるのだろうか。コントロール………力の?衝動の?
そんな凶暴な奴には見えない。
「そもそも俺じゃ商売になるかどうかも怪しくて。ええ、そりゃ少しは悪い使い方をすれば、たくさん儲けられる事は分かってますけどそんなことしたら師匠にぶっ殺されるし」
殺しに良い悪いは無いだろう。
男は自分の生業を正当化するほど気が狂ってはいなかった。
「おい」
「はい?」
自分はコーラを啜っている、この奇妙な子供のような異邦人に向け、男はずっと抱いていた問いを口にした。
「お前………何だ?」
「言魂師です」
コトダマシ。
聞き慣れない言葉に男は呆気にとられた。
殺し屋ではなく、何か別のものを職としているらしい―――そして自分がその仲間のように思われていることも、何もかも、酷く現実離れしていて。
男は思わず声を上げて笑い出した。
2006.7.10 up
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