コトダマ

 

何故笑うのか分からないという顔をして見せると、男はますます激しく笑い出した。
ツナは戸惑い、次に男の手元を見た。グラスから滴り落ちる水滴が染み込み、それを紙ナプキンで乱暴に拭ってからずいと身を乗り出して、男は言った。
「俺はそんなモノになった覚えはねえ」
「ええと………」
モノ。
モノなのだろうか。
(違うよな………)
ツナは少なくとも、生まれ落ちたその瞬間から言魂師であろう。意味のある言語を口に出来るようなってから今まで、そうでなかったことなどない。
「なる、とは違うと思います………」
「は?」
「こればっかりは資質でしょうし、狙ってなれるものではないんです。遺伝でもないそうです現に俺の両親も祖父母も違ったわけで、なんと言えばいいか………」
貴方と俺はいわば体質が似てるんですよ、と言うと、男は呆れた顔をした。
「何処が」
「ううん………なんて説明したらいいのか。参ったな、もしかして自覚無しですか?」
「?」
「この年まで?」
「………おい」
悪口のつもりはなかったが、男が殺気立ったのでツナは慌てた。
「うわあ違います違います!落ち着いて!今説明しますから!!」


言葉には魂が宿ると言われている。
"言霊"という字があるとおり、昔は言葉自体に神秘性を見いだしていたようだ。
ツナが知っている"言魂"はまた少し意味が違ってくる。
つまり言葉に魂を吹き込む事が出来るのは人間、という解釈だ。
コトダマシ、言騙し、ともいうこの技術は意識してモノにすることなど出来ない。


「似てるんですけど、厳密に言えば違います。意味が違うんです。俺達は語った言葉を事実にしてしまう能力が生まれつき他人より優れているんですね」
「俺達、だと?」
「そうですよ。貴方も言魂師です。正確に言えば、その素質があります。さっき地下鉄の坑道で人を―――」

ゴホン。

「―――時、貴方が何もしない内に相手は倒れたでしょ?あれは、言魂の力が働いたのだと思います」
「なんだと?」
そういうモンじゃねえのか、と今初めて男は驚いていた。
男に取って人間とは、死ねと言われれば時々勝手に死ぬ心臓の弱い生き物だったが、今それはお前の力だよと教わったのである。
「言魂師には得意分野ってものがありますね。ええ………貴方の場合は死に関係した言葉によく力が働くようです。同じように、色事―――つまり男女間の好意、感情によく力の働く言魂師もいるし、俺みたいに安心とか忘却に関する能力が強い奴もいる。強い言魂師になれば死人を生き返らせる事も出来るそうですよ」
「ほぉ………」
「言魂師は言魂に免疫があって、双方の力は働きにくいです。俺の力、意識しなくても貴方に対してはあまり効いてません。こうしてても眠くならないし、物忘れもしませんね?」
「ジジイじゃあるまいしンなトシじゃねえよ」
「いえ言魂の力で。つまり、だから、俺達は日常で良く気を付けないといたずらに他人の人生を変えてしまうから、それを抑えるためベテランの言魂師に師事し力の抑制をします。でないとお尻ペンペンです」
「はぁ?」
「言魂師は歴史が古いですから。古くからの人たちは長寿の言魂を使って何百年も生きてます。そういう人たちが、世の中の言魂を見張って、好き勝手やってる奴は抹殺」

ツナの目がクワッと見開かれた。
丁度そのタイミングで、見覚えのある装束の一団がレストランのこの席に向かってまっしぐらしていたのだ。

「される―――?!!」
ガタッと勢い良く立ち上がったツナは、男の手を引いて走り出した。
店内を突っ切って厨房に入り、驚くコックの間をぬって裏口から飛び出す。合間に勘定のお札を放るのも忘れなかった。
「ごちそーさまでしたー!」


2006.7.10 up


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