コトダマ

 

なんてこった、殺される殺されると騒ぐ勢いに押されてずるずると走り出していたが―――
「馬鹿馬鹿しい」
腕を振り払い、男は追ってくる一団に向き直った。
そのコトダマとやらが本当であろうがキチガ○のたわごとであろうが、殺しはまた別だろう。向かってくる一人の頭を掴み、そのまま壁に叩き付けると相手はひるんだ。
「来い。次は………」
「なにやってるんですか!」
すっこーんと頭をはたかれて男は前につんのめった。
「てめえなにしやがる殺」
「だから!」
バッチーン。
頬をはたかれる。
「軽々しく殺すだのなんだの言うからこの人たちが来ちゃったんですよ?!し、しかも本当にヤってるし!馬鹿じゃないですか貴方はっていうかばか!ばかだこの人!!」
「なんだと………!」
「もういい、寝ろ!」
ガクン。
急激に眠気が襲ってくる。頭を抑え膝をつき、必死に振って眠気を払おうとするが無駄だった。
「効きにくいだけで、突き詰めりゃ力の競り合いですよ。今日やっと自覚したヒヨッコなんかに負けるもんか寝ろ―――!」
「ちくしょ……う」

朧気に霞んでいく意識の最後に、ぶつぶつと愚痴っぽい「あー………今日始末される人に声なんかかけなきゃよかった………これでまたトラブル吸引機とか言われて囃し立てられるんだチクショー俺がチクショーだよったく」が聞こえていたが、既に指一本動かなくなっていた。





うっすらと目を開けると、目の前に女が立っていた。
顔立ちもさることながらプロポーションが抜群にいい。腕を組みスリットの入ったスカートから惜しげもなく脚線美を見せつけ、無遠慮に見下ろしている。
「う………」
身体は既に動く。
しかし凍り付いたように口が動かず、ようやく呻きらしきものが出ただけだ。
女は唐突に言った。
「世界を救うのは何だと思う?」

は。

頭がおかしいのかこいつは、という目をすると、女は全然まったく構わずに言い放った。
「それは愛よ。人も動物も虫も料理の味も愛があれば救われる」
「いやお前のはまったく救われてないからね」
「おだまりなさいツナ」
ギシギシ軋む首を回すと、先程死ぬべき失礼を山ほど犯したあの男がいた。
「この間も3人ばかり瀕死にしてたじゃん」
「中華は火力が命なのよ。あれはガスの勢いがなかっただけで、私のせいじゃないわ。今日のパイは自信作なの」
「俺絶対お前のパイは食わない。ケーキも、クッキーも、肉焼くだけのステーキも野菜刻むだけのサラダもとにかくお前の手を通したモノは今後一切食わないぞ」
「そうね………私あなたに愛は無いわ」
「愛関係ないよ!この間死にかけてた3人に獄寺くん入ってたしな!」
「隼人は胃袋の修行が足りないと思うの」
胃袋の修行なんぞあるかああああ、とひとしきりヒートアップした後。
ツナと呼ばれた男は唐突に振り返った。
「気分はどう?」
うるせー死ね、と言ったつもりが。
何かの力に阻まれ、声にならない。
「禁止ワードに死ぬ、死ね、殺す、入れてあるから言えないよ。悪いけど、始末されなかっただけありがたく思った方がいい。………で、此方が今日から君のお師匠様になる、ビアンキ」
「世界は愛で救われる。それが私のモットー。よろしくね」
「………」
ふざけんな死ね、と言ったのに、言葉にはならない。
ようやく指先の感覚が戻ってきた事もあり、男は腕を素早く突き出しその首を掴もうとした。
「あらあら、早速問題行動ね。教育が必要だわ」
女はその手をバシッと払うと、ごそごそと何かを取り出した。

クマだ。

「かわいいでしょう」
クマのぬいぐるみ………だった。
「何ソレ」
男の疑問をツナが代弁してくれたが、答えは聞かない方が良いものだった。
「愛とはいずこから発生する感情なのか、長年私が研究した結論からいうと"かわいい"つまり―――庇護欲ね。思わず面倒みたくなるかわいさでしょ?」
「クマのぬいぐるみの面倒を?この人が?」
ツナは交互にぬいぐるみと男を見、次に
「ぶっはははははは!!」
爆発的に笑い出した。
「はっ………ははは、ビ、ビアンキお前サイコーだね………すんごいセンスしてるよな」
「失礼ねなにが可笑しいの?」
「その自覚が無いところとか。いやもう、ビジュアル的にキョーアクだよそれ」
「だからどこが」
「どこもかしこも!」
ヒーハッハと笑い転げるツナを、ビアンキは冷めた目で見下ろしている―――
ように見えて。
実はメラメラと怒りの炎が上がっているのに、男は気付いた。

「そう………そうね。ぬいぐるみではつまらないわね」
「アッヒャッハッハッハ」
「やっぱり生きて動いて手間のかかるモノが良いわよね」
「ゲヒッヒッヒッフッフ」
「小さくてちょこまかして要領悪くて年がら年中トラブルに巻き込まれてるツナなんか、最適だわ」

………
………
………

「………………………ちょと待てー?!!!?」
「さあ、貴方、名前は?あら教えてくれないの………いいわよこっちに資料あるから」
「ビアンキ止めろー!いやあの、ビアンキ様やめて!勘弁して下さいもうチョーシこいたりしないから〜!」
「変わった名前ねえ………まあ良いわさあ行くわよ」
「行くなぁぁぁ!」


2006.7.10 up


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