この吐き気をのみこんでしまえば
手に持った瞬間しっくりくる鞭もあれば、時間をかけてゆっくり慣らしていくものもある。扱う事に面倒や苦痛を覚えるならそれは相性が悪い。
車もまた同じく、幾ら見栄えがする高級車でもあわないものはあわないのだ。
女も。
女と比較するにはその存在の格が違い過ぎるが。
触れたその肌は最初、固く拒絶を示していた。あからさまな拒否、嫌悪、蔑む表情はそこにはない。しかし喜んで迎える訳は無く、彼は耐えるために目を閉じて息を殺していた。
まるで念じれば、その場から消えてしまえると信じているかのように。
(そんなことはあるわけがない)
やはりこの行為は彼にとって苦痛でしかないのだろう。浅く早い呼吸が続く。
そっと頬を挟み込むと、瞼が震えた。
名前を呼べば、開いた。
その瞬間を狙って口付けを落とす。見開かれた目を見つめ返しながら引き結ばれた唇を舐め、間から舌を差し入れる。
角度を変え何度も深く絡めると、くぐもった声がした。やめろと言っているのかと思ったが、口を離すと掠れた小さな声で名を呼んでいるだけだ。
(俺の名を)
(引き留めようとしているならそれは逆効果だ)
微笑んで見せる。
解放する気はない。
唾液と舌が絡まる度に湿った音が脳髄に響く。今此処で踏み込まれたら振り返る間もなく殺される自信がある。キス一つこうまで熱心にしたことがかつてあっただろうか?
(勿論初めてに決まってる)
こんなに緊張したことも………多分、これからもないだろう。
最後に薄く小さな下唇に緩く噛み付き、ゆっくりと離す。表面上、冷たく見据えている筈の目とは裏腹に熱い粘膜をぱっくりと開けて、ぜいぜいと荒い息を漏らしている。
時間さえかければ。
反応は早く、熱く、繊細だ。打てば良く響くその心地よさに酔っぱらう。笑いながら喉元を舌でくすぐると、ひゅうと息をのむ音がして胸の鼓動が早くなった。
(気色の悪さに身を竦めているのではなさそうだ)
襟ぐりを掴み、一気に引き裂く。ボタンが弾け飛ぶのをまるで他人事のように静かに見守り、いかにもしょうがないというように首を振る。余裕があるのか、そうあるように見せているのか判断不可能。支障なし。
関係ない。
直接触れる肌は生ぬるく、顔を寄せても殆ど体臭が分からない。鼻と口と舌を全部擦りつけて、意地になって確かめる。
覚えておきたいという願いは紛れもなく病的な執着を示していた。これは、良くない傾向だ。出来るなら使い捨ての効くものが色々と都合がいい。そういう家業だった。
立場的にはお互い様で、ならお前はどう気持ちにケリをつけているのかと聞きたくなる。
(余計なお喋り)
薄い胸を辿ってベルトに手をかけると、流石に手が出た。
掴むとゆっくり元の位置に戻る。何か決意もしくは決まり事があるらしい。
(抵抗できない?してはいけないと?なぜ?)
―――頭の片隅で何かがチカチカ瞬いたが、無視することに決めた。
2005.10.6 up
next
文章top
|